2017年11月28日火曜日

ハードエロス きりもみ(七話)

七話 マゾヒズム

 美希はそれまで自分の中にそんなものが潜んでいようとは思わない。マゾヒズム。しかしそれは理解できないものでもなかった。
  性は愛。その限りであれば、女は劇的な変化に対して逃げるより先に、戸惑い、混乱し、どうしようと立ち止まってしまうもの。迷う女に迷わず突進してくる男の力にとうてい勝てない。屈服されられ、けれどそのうち密かな快感に包まれる。
  女の性は陵辱からはじまるもの。そのぐらいの圧倒的なパワーに翻弄されれば性本能が暴走して止められなくなってしまう。
  それが私のマゾヒズム。女なら誰もが持つ追従の喜びなのだと理解していたし、もしも私がそこへ行けば後戻りできなくなる。恐怖。だから私はそこへ行かない。自らの意思でそこへ行かない。自らの意思では。



  縄は意思を奪い、恥辱は思考を奪い、そうなれば私は牝となってのたうちもがき、快楽の沼にはまってしまうに違いない。奈良原書房の奥にある喫茶室を覗いたときから私の運命は狂いはじめた。智江利のブログでフィルターをはずした女の正体を見せつけられ、素直に共感できていた。女は性を渇望し、なのに体面を保っていたいと考えて、自分というものを追い詰めていく。嫌な女になっていると自覚して、ああだこうだとリクツを探してガードする。フェンスのような障害物ができてしまい、だから性に素直になれない。自意識では壊せない殻のようなものにくるまってサナギのまま腐っていく。ほとんどの女がそうだろう。生殖本能のためのセックスを愛という言葉で飾って納得している。ほとんどの女がそうして本性を偽って、悶々としたまま涸れていく。


  美希はいまにも体が燃えだしそうな激しい羞恥を感じていた。奈良原の友人だという男は、田崎利彦(としひこ)。三十そこそこ。長身でルックスも美希のタイプ。髪が短く、一見してサラリーマンぽい感じなのだが、着衣の上から想像できるスポーツボディ。一言で言ってカッコいい。
  奈良原、智江利そして洋子、遅れて来たヒーローのような初対面の田崎利彦。そんな中で私ときたら、素っ裸であり、房鞭の嵐で肌が赤く、媚薬はいまだ濡れを誘い、性器は牝の欲望をこれでもかと露呈する。
  マゾ牝そのもの。田崎を見てこれから起こる一大事件を想像する。身震いする快楽の予感。私は狂う・・マゾへの一歩は劇的に奈落の底へ。逃げようと身構える暇もなく、フェンスを壊され、私は終わったと諦められる。なんとなくでも理解していた私のMが止められない。美希は裸の身を丸め、胸を抱いて、しかし火照る頬を赤くしている。性欲が陽炎のように立ち昇る性奴隷の肉体をどうすることもできなかった。



  そんな美希を少しなりと安堵させていたことは智江利の肢体。智江利は奈良原の奴隷であり、なのに体に傷らしいものもなく、陰毛も失わず、ネットで見たようなピアスで飾るマゾじゃない。奈良原は穏やかなS様。大人同士の穏やかなSMを智江利を通して察していたから。
  けれどいま田崎が現れ、新しい不安が生まれた。新しい不安が次への期待であることを感じたとき、美希の中のマゾヒズムが火柱を上げて燃え立った。
  身を丸めた尻の側に田崎は座る。そうなると身をのばして尻を締めていないとダラダラに濡れる牝の性を見られてしまう。と言って仰向けだとデルタの毛群らを隠せない。奈良原の膝を離れて座るしかない。美希は乳房を抱いたまま身をよじるように座り直す。
  奈良原が言った。
 「なんだその姿は。お客様に対して失礼だろう」
  田崎が言った。
 「いやいや、マゾへの一歩。そこを躾けていくのが楽しみというもの」
  すぐそばにいて笑う田崎。その大きな手がそっとのび、房鞭で赤くなる背から腰へと撫でる男の手が行き来する。



  美希は震えた。媚薬のせいより、初対面の男性にいきなりノーガードの女体を晒し、撫でられる。全身に鳥肌がザーッと騒ぎ、いまにもイキそうな想いが衝き上げてくる。ハッとして息を詰め、詰め切れずに吐き出す息が熱すぎる。私が終わって奴隷がはじまる。そのとき美希は観念せざるを得なかった。心よりも体が受け入れたがっている。自覚した。
  爪先で掃くように背を撫でられ、尻の谷口へと指が這い、手が開かれて尻を撫でられ、すーっと背に這い上がる。美希は唇をちょっと噛み、漏れ出しそうな喘ぎをこらえ、小鼻をヒクつかせて熱い息を小出しにする。
 「美希と言ったね?」
 「はい」
 「服従するすがすがしさが奴隷の誇り。奈良原さんは本物だ。幸せだね美希」
 「はい」
  静かな声が心の底へと忍び込んでくるようだった。
  奈良原は、囲炉裏の向こうで惨く微笑む智江利と洋子にちょっと笑い、それから美希にはじめての主の意思を伝えたのだった。



  囲炉裏のこちら側にいて、向こう側の女二人に向かって、膝で立って両手を頭の奴隷のポーズ。膝は肩幅に開いて立つ。いまの田崎の言葉が心に刺さり、抗う気持ちが失せている。こうして奴隷にされていくんだわ。美希はこのときマゾへの一歩を踏み出した。
  開かれた尻。奈良原と田崎の手が両方から尻を撫で、田崎の指が先に谷底へ這い降りて、ヌラヌラきらめく宝石のような愛液を垂らす熱い性器にそっと這う。
  美希は体をブルルと震わせ、哀願するような眸の色を囲炉裏の向こうの女二人に見せつけて、腰をくねらせ、尻を揺すって耐えている。
  感じる。女を三十年生きてきて知らなかった絶望的な快楽。体が震えると乳房が揺れて、乳首がしこり勃って寒気がするほど感じてしまう。
 「んっ」
  喉の奥に押し止めた喘ぎ。女二人が笑って見ていて、羞恥の想いが掻き立てられる。
  田崎が言った。
 「もっと欲しいか?」
 「ぁ、はい田崎様」
  すんなり言える。どうして言えるのか、わからないけど、すんなり愛撫を求めていられる。



 「はぅ!」
  田崎の指が濡れそぼって閉じてられない陰唇を分け、ぬるりと体に入ってくる。腰が揺れる。尻を締め、肉が弛んで波紋を伝え、美希は目を閉じ膣の奥底で量産される牝汁の感覚を確かに感じた。
 「くぅ、ぅっ、ンっ」
  ううう、むぅぅ、と、耐えきれない愛の声が喉奥に留まり続け、奴隷はついにセックスの腰使いになっていく。
  田崎が言った。
 「これがご褒美、ほうら感じる」
 「はい、あぁぁ! はい感じます田崎様、あぁン!」
  乳房が左右に分かれて揺れるほど荒い息に胸が開く。クチュクチュいやらしい音がして、私はいったい何者なんだと思うほど、快楽が倍加して襲ってくる。私は獣。
  尻の谷を包むようなアナル越えの膣刺し指。良くて良くて叫びそう。美希は腰を振り立ててもっと深い貫きを切望した。
  しかし指は去っていく。一突きしてくれればピークというところ。抜き去られた田崎の指に、なぜか美希はむしゃぶりつき、泡立ってまつわりつく愛液を、まるでペニスに甘えるように、美希は目を閉じ、ベロベロ舐め取り陶酔する。



  いいマゾだわ。智江利は思い、洋子もまた、これが美希だと確信した。
 美希という女のせつないまでの素性。
  そしてそのとき田崎がジャケットのポケットから、透明なプラの小さなケースを取り出して奈良原に手渡した。
  奈良原が笑って言う。
 「ほら美希、プレゼントをもらったよ」
  快楽になかばぼーっとした目でそれを見ると、ケースの中にステンカラーのリングピアスが三つ。輪の少し大きな二つと、小さな一つ。奴隷の乳首とクリトリスを飾るマゾの誇り。しかし美希は愕然とした。そんなものさえ命じられれば拒めなくなっている自分の変化に愕然とした。
  田崎が言う。
 「最高のマゾだと聞かされたものでね。いつかそれの似合う愛奴となれるよう」
  愛奴・・そうだわ愛奴よ! 洋子がライバルなのだと、このとき美希はそう思う。生涯手放せない女となってやる。今度こそ負けない。奈良原も田崎も、二人の心を奪ってやる。なぜそう思うのかはわからない。でもこうなったからには女たちの中で体にピアスを授かる最初の女になってやる。智江利にだって負けない。不思議な想いが逆巻いてくる美希だった。



  奈良原は、やってくれたと苦笑いしながら田崎を見ていた。この野郎、マゾ牝三人を競わせる気でいる。ワンセットのピアスが女たちを変えていくと奈良原は思い、さすが田崎だと感じていた。若くても深い。こういう男と出会えた女は幸せだと思える滅多にいない男。
  案の定、手の中のプラケースを囲炉裏の向こうで女二人が見つめている。おもしろくなってきた。いまはまだ上位の奴隷の智江利さえ、いつか崩れるときがくる。そんな悪魔的な着想にとらわれた奈良原。そのためにもまず美希をハードMに育てていきたい。エッチの前戯などSのするべきSMじゃない。
  田崎に美希を委ねてみようか。智江利を洋子に委ねてみようか。今日は傍観。それぞれの素地を見極めてみたいと思う。智江利は、それが俺の意思なら逆らわない。全幅の信頼をおく奴隷。しかしそれも確かめてみたいと考える。手の中のピアスを見つめて奈良原は唇の角を歪めてちょっと笑った。



  奈良原は言う。
 「今日、美希の主は田崎君。智江利の主は洋子女王」
  囲炉裏の向こうで眸を丸くした智江利と、それ以上に驚く洋子もまた見物。奈良原は緊縛、静かだがハードS。田崎は若く、鞭を好むハードS。美希も洋子もそれを知らず、智江利のことも一度は下級奴隷に堕としてやりたい。それは最高の女王を創るため。・・と、奈良原は内心ほくそ笑む。
  奈良原はさらに言う。
 「洋子もだぞ、俺や田崎君の目のあることを意識しろ」
 「は、はい」
  洋子は戸惑う。美希だけの裸ですまなくなった。智江利を責める。でもどうやって? 智江利の姿に私は震え、抱いてやりたくなるだろう。そうすれば私も裸。奈良原の言葉には奥がある。男二人の目のある中でおまえは女になれるのか。挑まれていると直感した。女たちの中で母親は私だけ。奴隷としては不利そのもの。田崎は若くていい男。いい女だと思われたい。美希には負けない。智江利も含めた三人の中で君臨したい。



  奈良原は言う。
 「本屋も休みだ一週間。美希に休職願いを書かせるから洋子はそれを届けてやればいい」
  美希だけ? これから一週間ずっと一緒で調教されるの?
  奈良原は、いいえご主人様は、子を持つ母を気づかってくれている。でもそうね一週間は長すぎる。子供のそばを離れられない。それは美希のアドバンテージ。
  美希は思う。洋子に対して有利だわ。マゾへの一歩は劇的に。ヒロインは私よ洋子、ザマミロ。奴隷となってまで勝てないようなら私は負け犬。子供も持てず、自信も持てず、ただ生きているだけの存在に成り下がる。



  負けないからね洋子!
  あたしこそよ美希!


  智江利は思う。ご主人様はさすがわだ。MでもSでも思いのままに行き来できる魔女になれとおっしゃっている。ご主人様にはマゾ牝。美希と洋子に対しては君臨する女王様。そのための試練なのだと考えられる。試練に耐えてピアスをいただき、ご主人様と添い遂げたい。白紙の婚姻届は用意してある智江利。
  智江利は立って黄色い下着だけの姿となって洋子に平伏す。
 「女王様、どうか厳しく躾けてくださいますよう、よろしくお願いいたします」 身をたたみ額を板床にこする智江利。可愛いわ、どうしてやろう。洋子は股ぐらの底で濡れはじめる性器を感じ、立ち上がった。



  襖をはずして現れる泣き柱。美希は両手を縛られて柱の中ほどに固定され、体を折って尻を突き出すポーズ。足は自由。閉ざして体を支えていた。肌に先ほどまでの房鞭の赤みは残っていたが、熱は冷めて痛くもない。
  後ろからかぶさるように田崎に抱かれ、背越しに回された両手に乳房を揉まれ、二つの乳首をコネられる。
 「感じます田崎様、ありがとうございます」
 「うむ。美希はいい奴隷になる女」
 「はい田崎様」
  美希は嬉しい。認めてくれた。
  田崎は一度裸身を離れていって、黒いブリーフだけの姿となる。引き締まったボディ。隆々と張る胸板。そしてブリーフの前が衝き上げていることが美希にとっては嬉しかった。
  ステンでできた乳首責めのピンチ。キリキリ音をさせて嘴が開かれて、左へ右へ、突き抜ける激痛が悲鳴になる。
 「きゃぅ! 痛ぃーっ!」
  ピンチは重く、乳房が少し引き伸ばされて綺麗な円錐に垂れている。
 「少し耐えろ、振り回すとなお痛い」
 「はい田崎様、あぁン怖いです、怖いの田崎様」
  田崎は微笑んで背や尻をそろそろ撫でると、おもむろに鞭を手にした。
 先ほどの黒い房鞭。ここにはそれ以上の強い鞭は置いてないはず。



  しかし鞭は、先ほどまでの鞭打ちで汗と愛液を吸っていて革が重く、しかも男の力。痛みは想像できたし、泣いて濡らすマゾの姿も想像できた。
 「脚を開いて尻を上げろ」
 「はい! あぁ乳首がちぎれそう」
  パッシィーッ!
 「くぅ!」
  目をカッと見開いた。一打で尻が壊れそう。パワーが違う。
  痛みに尻を退くと、リストで振る下振りの縦鞭がベシと性器に炸裂する。
 「きゃう!」
  飛び上がるほどの痛み。それがピンチを振り回し乳首を責める。
  美希は尻を突き出して、せめて性器だけは許してほしいと尻を振る。
  強い鞭が十回振られ、美希は泣いて許しを願う。乳首が限界。火のような痛みに変わって耐えられない。
 「田崎様どうか乳首を、うっうっ、痛いぃ、うぅーっ」
 「外してほしいなら五つ耐えろ。脚を開くんだ」
 「はい」
  縦振りの性器打ち。開かれた谷底でアナルもラビアも打ち据えられる。
  そしてその度、美希は跳ね、重いピンチが振り回されて悲鳴となる。泣いて泣いて泣きじゃくる。けれどそうして狂乱しながら、思考のすべてが停止した牝の安堵を感じている。
 「最後だ、強いぞ」
 「はい!」
  ベシーッと食い込む革の束が愛液を吸い取ってますます重く、その先端が包皮を飛び出すクリトリスにヒットした。
 「ぁきゃぅーっ! あぁン、はぁぁン、田崎様ぁ」
  声が甘い。底なしのマゾ。奈良原はそう感じて、裸身をしならせよがる美希をじっと見ていた。

 
  智江利。膝で立って脚を閉ざし、激震するバイブの責めに悲鳴を上げる。抜けたら拷問を言いつけられて、赤い房鞭のよがらせ打ちで悶えつつ、腿を閉ざして膣を襲う悪魔のセックスに耐えている。
 「あぁいい、いいです女王様ぁ、イッてしまう、ああ女王様ぁ」
  洋子はダメだと奈良原は感じていた。やさしい。美希がどうしてそこまで嫌ったのがわからないほど洋子は母性にあふれている。全身に脂汗、崩れそうになる智江利に寄り添って抱かれてやり、しがみつく智江利の頬を撫でてやり、やさしい眸色で見つめている。
  しかしダメ。Sになれない洋子はまたMにも遠い。壊すなら洋子だと奈良原は見つめていた。
 「もうダメ?」
 「はい女王様、立っていられません」
  洋子はちょっと笑って智江利の頬を軽く叩くと、バイブを抜き去り、四つん這いで奈良原に尻を向けるポーズを迫る。尻を上げさせておいて感じさせる性器打ち。
  バサバサ、ベシーッ。
  それもまたよがらせ打ち。私を責めるならこうして欲しいのよと智江利に教えるような手ぬるい鞭。



  可愛い智江利。洋子は打たれるたびにくねる智江利の尻を見つめていた。性の嵐に肌は上気し桜色。こぢんまりと締まるアナル、そしてラビアの薄いつつましやかな性器なのだが、淫女の汁をダラダラ垂らす。
  私が男なら突き立ててやるものを。たまらない。可愛くてたまらない。そんな想いが鞭となって性器をはたく。
  そしてそんなとき、断末魔の悲鳴がした。乳首責めを許された美希の乳房に下振りの房鞭が打ちつけられて、つぶれた乳首を襲ったらしい。
  ぐわぁぁ! 日頃の美希からは思いもつかない獣の悲鳴。洋子はそちらに目をやって、全身をズタズタにされた美希の裸身に息を詰めた。
  横に回って美希の顔にブリーフから解放した強い勃起を近づけて、そしたら美希は泣いた顔を横に向けて唇をかぶせていく。
 「ご褒美をもらって嬉しいな」
  はいはいとうなずきながらペニスをほおばる美希。わけもわからず口惜しく思える、この気持ちは何なのか。私もM。ご主人様をしゃぶってみたいし、女王様なら舐めて舐めて尽くしてあげたい。洋子は自分のMを思い知り、なのに智江利を責める快感に酔っている。



  私は甘いと感じた洋子。足下で四つん這いの可愛い智江利に言ってやる。
 「強いよ、覚悟なさい!」
 「はい女王様!」
  肘から下のフルスイングで振られた革の束が今度こそベシーッと湿った音をさせて炸裂した。
 「きゃぅ!」 本気の悲鳴。続いてベシーッ!
 「ぎゃ!」とかすかにくぐもる悲鳴と同時に智江利は前へと吹っ飛んで、股間を押さえてジタバタもがく。クリトリスを打ったようだ。
 「ほら這って! お尻を上げるの!」



  美希と洋子。それに智江利を絡めていく。これはいけると奈良原はほくそ笑む。
 
 「はぁうーっ! ああ田崎様、幸せですぅ!」
  柱に両手を固定されて尻を上げ、後ろから勃起を授かる美希。そのとき洋子はカッと来て、さらに強い鞭を智江利の性器に浴びせていった。

2017年11月25日土曜日

ハードエロス きりもみ(六話)

六話 ブリザード

 もう十二月だというのに台風なんて、地球はよほど狂ってきている。南の海の水温が下がらない。夏のような雲が次々にできている。北上するとさすがに寒気にのされて低気圧に変わるというが、それにしたって豪雨になるのは避けられないはず。影響は火曜から。今日は日曜で平気だろうと思った美希だが、帰り道のないところへ向かっているとは思いもしない。
  性奴隷への一歩は劇的に。あのとき智江利と話したことが自分に向けられることになるなんて。



  洋子のクルマ。走り慣れた道を行きながら、美希は不思議な生き物を見るような思いでハンドルを握る洋子を見ていた。
  シートに座るとたくし上がって赤いデルタの覗くミニスカスタイル。三十路の女が穿くものなのかと思う反面、性の世界へ突き抜けた女の解放を感じてしまう。それは日頃の調教というのか裸を強制されて濡らしている姿を見ていても、ちょっと信じられない何か・・あふれる性への想いがあったとしても、あたりまえの女なら、水が表面張力で崩壊を踏みとどまるような、自制と言うべきか、観念と言うべきか、崩れたら元には戻せない怖さがあるはずなのに、常識的なモラルさえも捨て去って振る舞える牝の浅ましさを感じさせるもの。他人のアナルを舐めるなんて、奉仕を愉しんでいるとしか思えない。
  なんなんだコイツ? 美希は洋子の変化を通して美希自身の中に棲むもう一人の美希の存在を感じだしていたのかも知れなかった。



  着いた。いつものように智江利の赤いポロの隣へ停める。季節外れにもほどがある台風の接近で南風が入っているのか、渡した板を外された囲炉裏にも火はなくて、エアコン弱の暖房で暑いぐらい。
  クルマの中で迷走した思考を振り切って、今日一晩、洋子を悶え泣かせてやる。ことさら敵意を呼び起こすように、わざとらしくほくそ笑んで家へと入った美希。さっそく洋子を下着姿にしてやって、とりあえずはお茶にする。
  あのときの智江利の罠が仕掛けられているとも知らず。さらに今日は、ハシリドコロを煎じた幻覚剤の量が少し多い。飲んでほどなく、美希は軽い目眩を覚えていた。体から力が抜けていくようだった。



 「ぅぅ、おかしいな、どうしちゃったの、あたし・・」
  智江利は今日もミニスカートを素足で穿き、洋子は奴隷らしい真っ赤な下着姿でTバック。そんな二人の姿がゆらゆら揺れて、眼球が回って景色がぐるぐる回っている。
  二重にされたケバ立つ麻縄で輪をつくり、両方の手首をくぐって絞られたとき、美希はハッとしたが遅かった。手足をばたつかせてもがくのだが蹴り足に力が入らない。
  同じような体格の洋子に後ろから脇の下に手を入れられ、抱き上げるように立たされて、そのとき智江利は、天井下の太い梁に縄尻を投げ上げて、つま先立ちになるまで吊り上げて、手首で固定。美希はいまにも崩れそうになる体を懸命に支えている。眸が回る。なのになぜか吐息が熱を持ってたまらない。朦朧とする意識の中でも、美希は崩壊していく自我を感じ、それと同時に濡れはじめた自分の性器に戸惑っていた。



  顔を寄せて智江利が言った。
 「さあ、もうおしまいよ、おとなしくすることね」
 「そんな、嫌よ、嫌ぁぁ」
  少しぐらい声を上げても締め切った外戸が声を家に閉じ込める。
  智江利にミニスカートを脱がされて、今日は青いパンティ。断ち物バサミを持つ洋子に、上に着たセーターもシャツもザクザクに切り裂かれ、Cサイズの乳房を包む青いブラ、そしてパンティだけの裸にされる。美希はかぶりを振り乱して暴れたのだが、頭が揺れるとますます意識が崩れだし、体の芯から力が抜けて膝が抜け、手首の痛さで脚を突っ張り、かろうじて立っている。



  長さ一メートルほどの丸い鉄パイプが板床に置かれた。二重にした麻縄が中を通されて輪をつくり、片方の足首に通されて、もう片方の足が力ずくで開かれていき、鉄パイプの片方で輪をつくって通される。両手首を頭上に差し上げた爪先立ち。そこからさらに足を開かされ、両脚の先がわずか床に触れる、逆Yの字に吊られた美希。
  断ち物バサミがパンティをくぐり、続けてブラをくぐって断ち切られ、白く艶めかしい奴隷の裸身が晒される。どれほどかの恐怖が全身に鳥肌を呼び起こし、まっ白な乳房も豊かな尻肉もわなわな震える。眸が充血して眼球が定まらない。ハシリドコロの毒が回り、言葉を話そうとしても呂律が回らない。
 「思ったよりも毛が薄いね、割れ目が透けてる」


  デルタの毛群らをまさぐって智江利は冷えた笑みを浮かべると、白く小さなチューブから淡いピンクの透き通ったゼリーを少しすくって人差し指に球をつくる。
 「これは媚薬よ。欲しくて欲しくてたまらなくなり、どんな命令にも従うようになっていく。ほうらこうしてクリトリスに塗っていく」
 「嫌ぁわぅ、嫌ぃやわ」
  呂律が回らない。激しくイヤイヤをする首がぐらりぐらりと力なく揺らいでいる。

  デルタの黒い毛群らを手荒くまさぐり、ゼリーをのせた指先をクレバスへと這わせる智江利。美希は渾身の力で腿を閉ざそうとするのだが、わずかにX脚となるだけでガードの役は果たさない。
 「美希だって私にしたこと! おとなしくしろ!」
  背後から洋子に両手を回されて、乳房を揉みしだかれ、すでに勃ってしこる乳首をこれでもかとヒネられる。
 「むくぅ! いたぁい」
  そして前からラビアを嬲られ、クリトリスに媚薬を塗られ、媚薬はラビアが隠す膣口にまで塗られていく。
  嘘よ、そんな。ああ感じる。
  美希は混濁する意識の中で、堰を切ってあふれ出す牝の情念に戸惑った。
 「ほうら濡れる、もうくちゅくちゅ、ふふふ」
  鼻先に顔を寄せながら笑う智江利。後ろから乳房を嬲る洋子の唇がうなじを襲い、ぶるぶると痙攣するように震える奴隷の裸身。
 「ぁぅ! はぁう、うっうっ!」
 「ふふふ感じるみたいよ」・・と小声で智江利は洋子に言って、性器を嬲る指先をそろりそろりと動かした。
 「ほうらいい、すごくいい、感じるね美希。もうダメよ、おまえは奴隷。躾けていくから覚悟なさい」
  目眩が襲う。
  でもそれは目眩なのか、波濤となって襲う性感なのか。美希はデルタの毛群らを突き上げて智江利の指を欲しがった。



  お願いもっと、貫いて!


  しかし二人は離れ、性器がいよいよ熱を持ち、痺れるようなむず痒さに変わっていく。媚薬が暴れ出していた。
  黒い革の房鞭。ここにそんなものがあったのかと美希は思うが、思考は輪郭をなしていない。あのときの洋子のように脱がされたパンティを口に突っ込まれてガムテで遮声。黒と赤の房鞭ふたつが智江利と洋子の手に握られて、美希は頭をぐらぐら回して毒に酔う。
 「痛みが正気に戻してくれる。さあ洋子、愉しみましょう」
 「はい女王様。ふふふ、覚悟なさいね、よくも私を狂わせてくれたわよ」
  バサバサと裸身の前と後ろを撫でるように打つ房鞭。それだけで美希の白い尻が締まって弛み、波紋を伝えて震えている。



  バシーッ。バシーッ。


  乳房に弾けた智江利の黒い鞭と、たわたわ揺れる尻を打つ洋子の赤い鞭。
 「はぅぅ! ぐわぃい!」
  痛い・・言葉になってはいなかった。
  互いに数打を浴びせかけ、智江利は洋子ににやりと笑った。
 「こうするのよ、アソコがもうたまらないんだから」
  前から、縦にリストでスイングした革の束が毛群らを打ち据え、革の先が濡れる性器へ潜り込む。ベシッと湿った音がする。



 「きぃぃぃ!」
  後ろから洋子の赤い鞭がアナル打ち、性器打ち。
  ベシィーッ!
 「ぅいぃぃ! あぁンあぁン、嫌ぁぁぁーっ!」
  激痛が意識を引き戻し、腹の底から搾り出す声が言葉として聞こえはじめた。口の中にパンティを突っ込んであっても腹からの悲鳴はきっぱり声になっている。
 「マゾらしい声を出す子だわ。さあ、洋子は写真よ」
  写真と聞いて美希は自由にならない逆Y字の裸身を暴れさす。洋子が言った。
 「ほんとおしまい、美希は終わりよ、あっはっは」
  智江利が言った。
 「洋子もマゾ、だけどおまえはもっとマゾ。友だちをハメようなんて悪い子には拷問からはじめるの。私もマゾよ、ご主人様がちゃんといて、ご主人様にはお友だちもたくさんいる。おまえの躾は逐一ブログに載せていき、パスワードをかけておくからいいけれど、目線さえない顔出しで晒していくの。逆らったり逃げようなんてしようものなら全世界に公開よ。わかったわね!」
  洋子が小さなカメラを構える。ショートムービーが撮れるモード。
  そしてそのとき智江利がバイブを手にし、股ぐらを覗き込んでヌラヌラの性器を笑い、無造作に突き立てて、バイブの尻に縄をかけてウエストで固定。どうもがいても抜けたりしない。



 「さて、これからよ美希。じきにご主人様も駆けつける。マゾへの一歩は劇的に。そうだったわね? 私はそれにワンワードを加えてあげる。劇的に奈落の底へ。ふっふっふ」
  バイブのスイッチが一段オン。弱く震えて膣の中でシャフトがくねり、クリトリスにあてがわれたラバーリップが激震する。
  ブゥゥン
「はぁう! ぐむぅぅーっ、きゃぅぅ!」
  腰を振ってセックスダンス。乳房がたわんで弾み、尻肉が締まっては弛み、艶めかしい波紋を伝える。
  カメラを覗く洋子の口許が歯を見せて笑っていた。
  智江利の房鞭が腹を襲い、次には、揺れる乳房の先端の尖り勃つ乳首を襲う。
  バシーッ!
 「あっあっ! きゃぅーっ!」
 「きゃあきゃあなんて悲鳴じゃないのよ、甘えるんじゃないよ!」



  房鞭の乱打が美希の裸身を赤いヌードに変えていく。途切れることなくはらわたを襲う悪魔の振動。美希の目が溶け、鼻孔がひくひく痙攣し、尻を振り立ててイキ続ける奴隷。鞭の度に血走った目を見開いて、激しくかぶりを振って、それでいてイキ続ける奴隷を撮る洋子。高笑いしながらシャッターを切っている。
  私は終わったと美希は悟った。着てきたセーターさえも切り裂かれ、服従しないと着るものさえ与えられない。
  性奴隷。尽くして尽くして与えられるほんの少しの快楽。そして圧倒的な安堵。もうポーズはしなくていい。愛に迷うこともない。一度は結婚しておきながら私が悪くて壊してしまった。これってきっと悪い妻へのお仕置きなんだ・・都合よくそうでも考えないと、あまりにもすさまじい拷問そのものの快楽が自ら望んだものになってしまう。



  意識が消える。もうダメ。狂っていく私。


  房鞭のフルスイングが尻を襲い、とっさに尻を締めたとたん、膣まで締まり、突き抜けるピークがやってきた。がっくり首を折って膝が抜け、垂れ下がる美希。タラタラと失禁した。三十路の女のすることか。失禁の確かな恥辱を感じながら美希は意識を失った。


  女には陵辱を想像する時期が必ず何度かあるものだと、美希はつねづね考えていた。思春期の恐怖、男を知るときの怖気、不安を振り切って踏み出す新妻の時期、そして決定的だったのが、妊娠できないまま独りになってしまった自分への後悔。
  壊してほしい。陵辱への切望が、そのとき偶然に再会した洋子に向いて憎しみの感情になっていく。ピュアじゃない。自分がひどく汚れた気がする。私は私をリセットするべき。陵辱されて、拒むけれども果てていく性感情こそ、牝の本音。そこへ行けばリセットできるとわかっていながら、それのできないつまらなさ。ぐるぐると言い訳じみた感情が逆巻いて、私がなおさらおかくしなる。
  もがく。叫ぶ。だけど振り向いてももらえない。自我を見失って必死になって取り繕い、だから解放された同性が憎くてならない。
  これは夢だとわかっていながら、美希は錯乱する思考に振り回された。



  暖かい。頬もそうだし裸の全身に熱気を感じて目を開けた。
  誰かの膝を枕に気絶していた私。でも誰の膝枕? 意識が輪郭を帯びてきて、そしたら囲炉裏に火が入って炭が燃え、その向こうに智江利と洋子が座っていた。二人ともに服を着て、微笑んで私を見ている。まるで不思議なシーンのような光景を美希ははっきり意識できていたのだが・・。
  体を丸めて膝枕をされていて、体をそっと撫でられている。
  あなたは誰? そう思って顔を上げると、見慣れた男が目に入る。
 「奈良原さん?」
 「うんうん、辛かったね、うんうん」
  嘘だよ、そんな・・じゃあマスターが智江利のご主人様だったって言うのかしら。美希は次に、床に横たわる自分の姿を確かめようとしたのだが、チラと見て、男の膝にしがいみつて目を閉じた。



  私一人が素っ裸。男が一人加わるだけで全裸の意味が違ってくる。


  智江利が言った。
 「これからはご主人様と呼びなさい。お店にいても二人のときにはご主人様。私のことは女王様、洋子のことはお姉様でもいいけれど、おまえはもっとも下級の奴隷ですから言葉を間違うと許しませんよ」
  声にはならない美希だったが、主の膝で確かにこくりとうなずいた。
  奈良原の大きな手が二の腕越しに回されて、右の乳房をくるまれて、房揉みしながら乳首をそっとコネられる。美希はとたんに火のつく残り火を感じ、主の膝にしがみつく。
  奈良原が言った。
 「智江利に可愛がってもらって嬉しかった。洋子を憎んでいた自分が嫌でならなかったし、陥れるような真似をして本心では苦しかった。この子はちゃんとわかっているよ」
  乳首をほんの少しツネられて、美希は幾度もうなずいて主の膝を抱き締めた。
 「マゾだな美希は?」
 「はい」
  乳首が強くツネられて美希は膝を抱く手に力を込めた。
 「はい、ご主人様、申し訳ございませんでした」
  乳房の揉み手がやさしくなって、しかしそのとき戸口で男の声がした。



  智江利が笑って眉を上げ、不安そうな面色をする美希に言う。
 「ご主人様のお友だちよ。マゾへの一歩は劇的に奈落の底へ、だったわね? ふふふ」
  美希はゾゾっと背筋を突き抜ける悪寒を感じてならなかったし、それはブリザードとなって襲いかかる冷気の嵐のようなもの・・。


2017年11月22日水曜日

ハードエロス きりもみ(五話)

五話 サディスティック

 性奴隷の入り口に洋子を立たせてやったというだけで胸のつかえがおりたわけではなかったが、智江利の手に握られたバイブの責めに激しく反応する洋子を見ていて、しばらくは智江利女王のお手並みを拝見しようと思った美希。あれほどSM的な美文を書くのだから、智江利が思う性奴隷とはどういうものかを知っておきたい。
  こういうことのはじめてな美希には怖さもあった。限度を知らない。智江利なら知っていると考えたからだった。
 「頭がおかしくなるほどいいでしょう。でもダメよ、イカセたりはしないから」 激震するバイブを止めて無造作に抜き去って、それでも腰を振る洋子の尻を手でパシンと叩くと、智江利は美希に目配せして柱越しの手錠を外し、次には綿の黒いロープを手にすると、手首で縛って両手を上げさせ、古い家の天井裏に交差する太い梁にロープの尻を投げ上げて、両手を上にヌードをのばしたポーズで吊ってしまう。
  そのときすでに、なかば逝きかけた洋子はとろんと目を溶かしていて、まっ白な総身がわなわな震え、綺麗な尻肉が波紋を伝えて波打っている。



  これが洋子の正体。しかし美希にとっては見下すよりも可愛い姿に映ってならない。
  智江利は、いつものやさしさをよそに、目は厳しく、なのに言葉だけは穏やかだった。
 「おまえは捧げたいって言ったそうだね?」
 「はい、女王様」
 「捧ぐということ、そうやすやす言えたものじゃないってことを教えてやる」
  女声トーンの男言葉。演劇の中の台詞のようにも聞こえ、智江利の演技力に感心したし、智江利がこの後どうするかも確かめておきたかった。
  智江利はM性が強いはず。それとサディズムが結びつかない。これから智江利とつきあっていく上でもスタンスを見極めておかないと。美希の中にそうした計算もあったからだ。
  縛るにしても手首だけ。ネットで見たような麻縄でなくソフトなカラーロープ。そんなものは手芸屋にだってあるものだし、バイブぐらいならオナニーするのに持ってる女もいるはずで。それともSMチックな道具はこれからなのか。そうしたものが用意してあるのか。もしも智江利がそんなものを並べだせば私だってここに来るのは危険かも・・美希はしばらく監察しようと考えた。



  両手首で吊られたしなやかな肢体。つま先立ちほど厳しくなくても踵が少し浮いている。子を持つ母の裸身はやっぱり違うと美希は感じた。
  そうやって洋子を吊っておき、智江利は前に立ってにやりと残忍に微笑む。恐怖の演出。それもマゾを打ちのめす計算なのか。智江利はふっくらふくらむとまでは言えないBサイズの乳房の先でツンと尖る二つの乳首を指先でつまみ上げ、こりこりとコネるようにして、恐怖に引き攣った洋子の顔を覗き込む。
 「ほうら気持ちいい。気持ちいいね!」
  豹変する強いトーン。
 「はい、女王様」
 「捧ぐとはNOの封印、何をされてもYESだからね」
 「はい、女王様」
 「だったら本気で躾けていくよ。NGなし。私のSMはペットを飼うことじゃない。きゃーなんて悲鳴は悲鳴じゃない。甘えてんじゃないよ、わかったね!」
 「はい、女王様!」
  面白くなってきた。智江利はどうやらマジのよう。美希はゾクゾクするような不思議な感覚が下着の底から衝き上げてくるのを感じていた。



  S女らしい口ぶりでさんざん洋子を怖がらせ、智江利は床に散った洋子の服の中からブラとセットの青い花柄のパンティを手にすると、丸めて口に突っ込んでガムテで声を封じてしまう。奴隷の眸色が変わってくる。怖いのだろう。バイブの快楽に溶けかけた眸がキリリと焦点を結んでいる。
  洗濯バサミを手にする女王。だけどそれにしたって金属製の恐ろしげなものじゃなくギザギザの浅いプラのもの。バネがどれほどのものかは想像がつく。よくコネて勃たせた乳首の左、右と、開いた嘴で捉えて閉ざし、ガムテで封じられた口から「むぅ!むぅ!」と痛みを訴えるくぐもった声が漏れだした。
 「痛みから逃げるから痛いんだ。愉しむように胸を突き出し受け入れる!」
  洋子は「はい」と応える代わりに深くうなずく。
  ネットで見たSMなら、ここで鞭が登場する。そう思って見ていると、智江利が持ったのはベルト。女物のジーンズに合わせる革の厚い、しかし幅の狭いもの。バックルを手の中に革を巻いて長さを合わせ、ヒュンと空打ちをしておいて、横に立ち、奴隷に命じた。
 「尻を上げる!」
  クイと反って、まっ白な双丘が突き出される。パシパシとなだめ打ちを二度浴びせ、大きく振り戻された茶色の牛革がパァンといい音をさせて尻肉にはじけた。



 「うぐぅ!」
  尻を引き、黒い毛群が飾る恥丘を突き出して身をよじり、そのとき左右の洗濯バサミをぶらぶら揺らしてもがく洋子。二度三度とベルト打ちが続いていくと奴隷の尻に赤い鞭痕が浮いてくる。
  まるで傷のない白桃のような尻に見る間に惨い条痕が増えていき、背を打たれ、腿の裏を打たれ、また尻を強打されて、奴隷は脚を折って身をよじり、背を打たれて反り返り、尻を打たれてデルタを突き上げ、泣いて化粧を崩してしまい、ひどい顔になっていた。
  いい気味だわ、ザマミロ!
  美希は積年の恨みが消えていくのを感じていた。
 「ほうらもっとよ、だんだんよくなる!」
  パァンと尻に鞭が弾け、「ぐわぁ」と獣の声を上げ、なのに毛群の奥底へ指を入れられ嬲られて、奴隷はとたんに「ンふ、ンふぅ」とよがり声を漏らし出す。
  背も尻も腿の裏も真っ赤。条痕が重なって奴隷の背面赤一色のありさまだった。
 「さあ美希、出番だよ」
 「ふふふ、うん」



  女王、チェンジ。
  痛みと快楽と狂乱と。頬を火照らせて赤く染める洋子。顔も裸身も汗が浮いて、イキ狂った牝の姿はこんなものと思えるほど堕落している。
  乳首を潰す洗濯バサミの両方をつまんだ美希。ちょっとヒネるようにして顔を覗くと、両目から涙が流れて川となる。
 「嬉しいよね洋子、奴隷は夢だったもんね?」
  うなずく洋子。美希はちょっと不思議に思う。おいおいマジかよ? 信じられない思いがどこかにあって、もしやマジで喜んでる? と思えてくる。
 「乳首痛いよね? 外してあげよっか?」
 「いわぁい、るるして」
  痛い、許して。ガムテで声を奪われて喃語のように言う洋子。どう言っていいのかわからない妙な昂揚を感じる美希。



  二つの洗濯バサミを一緒に開くと、それだけで洋子は「ぐわぁ」と唸るような悲鳴を上げて身悶えする。ぺしゃんこの乳首。可哀想だわ。
  薄型乳首の両方をつまんでやって、ちょっとコネ、力を入れてヒネリ上げる。
 「ぐわぁ! ぎゃぅう!」
  足をバタバタ、その場走りで上げたり降ろしたり。
 「あっはっは、痛いんだ? あっはっは!」
  これでもかとヒネリ上げると可哀想な乳首から白い脂がにゅるりと搾り出されてくる。
  薄型乳首がまあるい乳首に戻っていって、そのとき美希は色素が少し濃いと感じた。赤ちゃんに吸わせた母の乳。そう思うとまた憎しみが湧いてくる。

 
  ベルト。智江利を真似てバックルを握り、長さを合わせ、ヒュンヒュンと空打ちを二度。
 「じゃあ美希女王様は前かな。ふふふ、覚悟なさいね!」
  パァンと腹、ベシッと乳房。そのときに乳首にヒットしたらしく、奴隷は断末魔の声を搾り出す。
 「ぐわぁう! いわわい!」
 「痛いって? 何言ってんだろ、このマゾ? あっはっは!」
  めった打ち。怒りにまかせためった打ち。吊られた裸身が垂直ミミズのようにくねり暴れる。
  ところが。 ある一瞬、腹にベルトが弾けたとき。
 「ンふぅ! ンふぅぅ」
  声が甘くなっている。ベルトを持たない左手で股ぐらを嬲ってやると、奴隷は全身赤い裸身をしならせて、泣き濡れた眸を閉じて、鼻孔をひくつかせてよがっている。
 「いいんだ?」
  うなずく奴隷。ンふぅンふぅと燃える吐息を吐いている。ひどい濡れ。



 「バイブよ美希」
 「あ、うん、そうだね、次はイキ狂い?」
  太いバイブに糊のようにまつわりついて乾きかけたマゾ汁。美希は手に取り、洋子の鼻先に突きつけてやって、にやりと笑い、腿を開かせ、ぐちゃぐちゃとラビア嬲って、無造作に根元まで突っ込んで、腿をぴたりと閉じさせる。
 「落としちゃダメよ! 拷問だからね!」
  そしてスイッチをと思ったのだが智江利が待てと言う。
  智江利の手にイチジク浣腸。それを見た奴隷が激しくイヤイヤをして首を振る。
 「拷問されたい! おとなしく尻を開いて!」 と、そんな智江利の声で奴隷は力を抜いて尻を上げた。指先で尻肉を開くようにしてアナルを覗き、
 突き刺してチュルと搾る。
 「さあいいわ、こうしとけば尻を締めるから」
 「なるほどね、そういうもんか」
  美希は笑い、いよいよバイブのスイッチに手をかけた。弱。誰がイカせてやるもんですか!
  ブゥゥン
「はぅ! むぅ! ンンーっ!」
  目をカッと見開く奴隷。総身がたがた震えだし赤い尻が波打ってたわんで締められ、弛み、震えは顔に伝わって、頭までがわなわな震える。



 「ンンーっ! ンンンーンっ!」
  ンにテンテンのワープロ変換不可能な濁ったよがり。尻肉を締めていないとアナルが弛む、といって括約筋が膣を締めて強い快楽に襲われる。
 「ふふふ、面白い」
 「ね。なかなかいい素材だわ」 と智江利も笑う。
  きっと地獄の快楽よ。ザマミロって気持ちの反面、パンティの奥底できっぱり濡れる性器を感じる美希。黒目を回すようにイキ続ける奴隷を見ていて、火照ってくる女体を感じる。だけど、なぜ?
  この程度のSMなら想像したよりずっとライト。だいたいネットはヘビイすぎると美希は思う。



  しかしそれも智江利が仕掛けた罠のひとつ。美希には思いもつかないこと。智江利が手ぐすね引いて狙うのは美希。まさかそうとは思っていない。


 「さあ、もういい、そろそろよ」
  そういうと智江利はバイブを停め、太い梁から吊ったロープをほどいてやって、即座に後ろ手に縛りなおす。奴隷は崩れたくても崩れられない。立って尻を締めていないと出てしまう。ガムテを許され丸められたパンティを吐き出すと、唾液が糸を引いて布地がぐっしょり唾を吸っている。
 「外に出なさい」
 「えぇそんなぁ、お願いです、おトイレへ」
 「また拷問? NOは禁句って言ったでしょ。いい子でしょ洋子って?」
  智江利がやさしい言葉で言う。それはそうよ、だって智江利はやさしいし本質はMなんだから。私に対してSな智江利になれっこない。
  と、そう思わせる智江利の罠。
  智江利は次に、木でできた大きなしゃもじを手に取った。そのへんも美希を安心させるキッチンSM。先の四角いヘラで奴隷の尻をピシャリとやって歩かせる。
  外は一気に明るくなって、森の中にぽっかり拓けた広場のような薄い草の地べた。素っ裸で外に出され、奴隷は腰を曲げて恥ずかしそうに歩いている。そろそろ限界。



 「もうダメです、出ちゃう」
 「したいの?」
 「はい、女王様、ああ出ちゃうぅ」
  智江利は笑って美希と目を合わせると、家の裏の急傾斜の際まで裸の奴隷を歩かせて、けれど林との境の薄い草の地べたを指差す。
 「こんもり盛って出しなさい」
 「そんな、そんなぁ、ああダメ、出ますぅ」
  二人の女王に背を向けて、ベルト打ちで全身赤い白い女がしゃがみ込む。浣腸の結末などは知れている。美希も便秘がちでときどき座薬を使っていた。
 「見ないでお願い、見ないでください」
 「ふふふ、見ないでじゃなく、コレだもん」
 「ああ嫌ぁぁ。あ、むぅ、あっあっ!」
 「あっはっは、何だよそれ? どんだけ喰った? あっはっは!」
  デジカメのシャッターが排便の一部始終を追いかけた。
  笑う美希に、ほくそ笑んで智江利が言う。
 「これでブログでも立ち上げましょ。タイトルは『ママさん奴隷、ヨウコの調教日記』なんてどう?」
  それから智江利はサンダルの裏で奴隷の背をちょっと蹴って言う。
 「いいこと洋子、月に一度はここで調教。そのほか美希女王と調教よ。写真もいっぱい撮ってあげるからブログを楽しみにしてらっしゃい。いい子でいないと顔出しブログにしちゃうわよ」



  とは言ったものの、それからは思った通りで女二人で一人を責める、レズというのか快楽調教と言えばいいのか、バイブも使うし電マも使う、よがらせ調教。縄も鞭もない、想像通りの夜になる。そんなものはSMなんかじゃなく、奴隷にとっては地獄のご褒美。イキ続けるだけの時間が過ぎていく。


  美希の部屋。洋子のほうは実家だからこうするよりない話。職場の音楽スクールで何食わぬ顔ですれ違い、週に一度は美希の部屋。
  しかし美希は二人になると女王になれない。女王と奴隷っぽいレズなのだが、挨拶だけはきっちりさせた。部屋に入ると奴隷は裸。赤い大型犬用の首輪を新調し、それだけさせて平伏させる。
 「お会いできて幸せです、女王様」
 「よろしい、いい子になったね、ちゃんと言える」
 「はい、女王様、どうか可愛がってくださいませ」
  仕事から戻って夕食の美希は、キッチンに立ち、上は着ていても下はベージュのパンティだけ。まっ白な脚線が美しい。
 「一日仕事で汚れてる。お尻を舐めて」
 「はい、女王様、うふふ」
  洋子が笑う。洋子にとっての捧げる時間は、誰かに尽くしてやりたい母性だと、もちろん美希は見抜いていた。



  流しに立つ女王の尻にすり寄って、パンティを膝まで下げて、そのとき突き出される白桃の双丘を舐め回し、それが気持ちよくて開かれる尻の底へと顔を突っ込み、アナル舐め。よく舐めて綺麗にすると、さらに上げられる秘部の前へと舌をのばす。
 「おまえも濡らすんだよ。女王の喜びは奴隷の喜び」
 「はい、女王様、濡れてます、もう」
 「うんうん、それでいい。そのうちいろいろ揃えてやるから」
  快楽調教の道具のことだが、口だけでそんなものを自室に置くつもりのない美希。あの洋子に君臨する。それだけでよかったからだ。
 「あぁぁ感じる、いいよ洋子、感じるよ」
 「はい。ンふふ」
  洋子はこうされたがっている。罪悪感なんてない。酔うように美希は尻を振り、甘い感覚を愉しんだ。
  奈良原書房というのか、その奥の喫茶室にも連れていき、マスターの目のある中でSM写真集を開かせる。洋子はきっと濡らしていると思うだけで私は勝ったと思えてくる。



  しかしそんなものはプロローグにもなってはいない。マゾ牝智江利の主は奈良原書房のマスターであり、二人揃って育てていける奴隷を探そうということになっていた。
  智江利を育てたSである奈良原和基は、美希の中にいまは眠る底なしのM気質を見抜いていた。智江利を引き合わせ、女同士の関係をまずつくらせて、しかしそれは蟻地獄。美希はまんまとハマってしまった。
  あれから一度智江利の家で洋子を躾け、自室でも週に二度はペットの扱い。マゾ牝洋子のブログもできて、洋子は蜘蛛の巣に捉えられたも同然だった。
  美希は安心できている。女同士の変態的ないい関係がストレスを吹っ飛ばし、それは洋子もそうで、二人ともに満たされる。
  心が楽になると再婚を考えてもいいと思えるようになっている。次こそきっと男を見抜いて結婚する。そうした希望もあったのだったが。



  マスターが言う。
 「この間、僕のほうから行って来たよ、真木ちゃん家」
 「あらそう? 陶器でしょ?」
 「そうそう、造って運ぶでは可哀想かなって思ったものだから」
  と言われて棚を見ると作品の数が増えている。智江利との関係ができてから美希も花器を買ったし洋子もコーヒーカップのセットを買った。徐々に売れるようになっている。智江利のためにはよかったと美希は思う。



  洋子の奴隷記念日から二月が過ぎていた。
  その日も日曜で明日が休み。美希は当然のように洋子を連れて智江利の家に向かっていた。道も走り慣れてスイスイ。ただしかし今日はちょっと空がよくない。台風が関東を狙っていると予報が告げた。あのあたりで豪雨になると、山道が通行止めで遮断されてしまうはず。火曜日あたりからが危ないらしく、まあその前だからいいかと思った。
  洋子には奴隷らしい露出スタイルのマイクロミニ。美希も気がゆるんで素足にミニで出かけてきている。



  いよいよ智江利が行動に移す日であるとも知らず・・。

2017年11月21日火曜日

ハードエロス きりもみ(四話)

 四話 ティータイム

 そのとき美希は、自室のデスクでノートパソコンに映し出される女を読んで、傍らに紅茶を置いていた。いつもなら角砂糖を一つ溶かすのだったが、そのときはなんとなくストレート。ソーサに置いたままの白く四角い角砂糖を眺めている。ティースプーンに飲み残して冷えた紅茶をちょっとすくい、角砂糖の上にぽたりと落とした。
  硬くかためられた性のガードが、わずかな水分を与えられただけなのにぐずぐず崩れて、その代わり甘い汁へと変化していく。まるで私のようだと思って見ている。角砂糖はこうして湿り気を欲しがるもの。ひとたび崩れだして甘さを知ると二度と元には戻れない。



  ちょっと信じられない夜だった。同性の性とはどういうものか、互いに逆さにまたがり合って、智江利の本質を見せつけられた。女の花園なんて美的な表現にはほど遠い、醜いまでの牝の実態。肌の白い智江利なのに、その花の棲息するあたりになると色素が濃くなり、濡れをからめた淫らな毛が肉ビラの花にまつわりついて、もっと舐めてと欲しがるように綺麗なピンクの膣口をぽっかり開く。
  それと同じ景色を私は智江利に見られてしまった。朦朧とするほどの快楽の中でよくは覚えていなかったが、美希は女の性のあさましさを思い知り、どう繕ってガードしようと女は結局それを欲しがる生き物なんだと認めなければならなくなった。
  けれどそれで洋子を見る目が変わったわけではなかったし、同じステップに立てたとも思わなかったが、洋子は学生だったあの頃からそんな性を愉しんでいたのかと思うと、ますます負け続けた自分が口惜しくなる。



  いまさらもう短すぎるミニなんて穿く気もしない。エロがキュートであった時期はすぎた。だけど、そうだとしたら私の性はどうすればいい? デスクにいて智江利の書く文章をぼーっと追いかけながら、美希は考え込むわけでもない妙な思考に取り憑かれていたのだった。
  子供を産むという女の使命を果たした洋子。なのに私は結局そこへは行けないのかと思ったとき、洋子はやっぱりいまいましく、私をこんな感情にさせた智江利のことさえ憎く思える。
  数日が過ぎていったその日、美希はそうは思うのだったが、もっとも腹立たしいのは、あのときのことが綺麗な文章にまとめられ、読んでいて性器が疼いてくることだった。濡れている。でもどうして?



  恋人時代からの夫との性とは高みが違う。そこにまさか罠があったなんて思ってもみない。素の私が狂乱したとしか自覚できない美希にとって、智江利の文章は衝撃だった。
 
  ビアン。私は私を愛するように
  私とおんなじパーツでできたカラダを愛す。
  潮を噴くのよ。わかる? 失禁しちゃうの。
  そんな姿を見せ合える愛人に私は出会った。



  愛人というレトロな言葉も、まさにと思える。肉欲のためにだけ一緒にいる女と女。そしてまた、潮を噴いて狂乱した私自身が信じられない。いっぱしに知ったつもりの私のセックスって何だったのよ。ピークの波形がまるで違う。ほとんど崖を駆け上がる急角度の性感覚が大気圏を突き抜けてしまったよう・・悲鳴、絶叫、掻き毟り、もがき・・あらゆる女の醜態を晒しつくして、挙げ句、おしっこを噴き上げて気を失った。
  美希は、一滴の水に崩れていく角砂糖を声もなく見つめていた。



  また数日。そしてその日、美希はピアノを教える仕事の後でたまたまタイミングが合ってしまった洋子を誘って自分の部屋へと帰り着いた。どうしてまた憎しみの対象を誘ったのか。説明のつかない感情だったが、二人きりになって話してみたい。そのときはいくら何でも仕事の帰りで二人ともに普通の姿。
 「なんか妙な気分だけど嬉しい気がする」
 「そう?」
 「だってあんた、私なんて嫌いでしょ」
 「そうね嫌い。いまでもちょっとは嫌いだけど、じつはね洋子」
  それで美希はモニタに映る智江利の感情を見せつけた。見知らぬ女の赤裸々な告白。Mでありレズであり、自虐に濡れる変態女の感情を。
  洋子は目を丸くして智江利の言葉と美希の顔を見くらべていた。



  美希は言う。
 「ハマってるのよ、それに」
 「へええ美希が? ちょっと信じられない感じだな」
 「主人とダメで独りになって、なんて言うのか、魔が差した?」
 「ふふふ、魔が差したはよかったね。だけどわかるよ、あたしなんてあの頃からそうだった。恋でしょ愛でしょエッチでしょって思ってたし、その結果がどうなるかも見透かせた」
 「見透かせた?」
 「妊娠よ」
 「ああ、なるほど」
  洋子は悟りきったようにほくそ笑み、いまさら何を言うかといった眸の色で美希を見ていた。



  洋子が言う。
 「だけどそれは遅くないよ。一歩踏み出したとたん拓けてくるもの。こういうものにハマるって、いいことなんだから」
 「そうかな。悶々としちゃわない?」
 「発散する」
 「男で?」
 「それでもいいけど、この人みたいな妄想、自虐もいいでしょうし、それでオナニーしちゃったりも素敵よね」
 「洋子もする? オナニーなんて?」
 「するよ、もちろん。妄想しながらアヘアヘだわよ」
 「どんな妄想?」
 「あたしってMなのよ」
 「え?」



  この子がM? まるで逆だと思っていた。
  あの頃からフェロモン振りまき、明るく振る舞って男たちにちやほやされた。行動的で明るいMってアリのかしら? どう考えてもそぐわない。
  洋子は言った。
 「勝手気ままにやってきて、だけど他方、誰かのために捧げる一瞬があってもいいなって思うから。満たされるだろうなって想像しちゃうの」
 「出会えなかった?」
 「それがすべて。出会えていたら変われていたって思うわよ」
  洋子は母性に生きる女。子供が好きだからいまの仕事に打ち込んでる。 そういう意味では共通点はあるのだが、このとき美希は面白いと感じていた。智江利はMにもSにもなれる人。私だって相手が洋子ならSになれる自信はある。



  美希は言った。
 「ご主人様? それとも女王様?」
 「どっちだっていい。迫られればおしまいなんだし」
  美希はちょっと考える。言葉を探す。
 「洋子って外泊したりは? エッチでホテルとか?」
 「しょっちゅうよ。もっとも相手は女友だちだったりするけどね。話し相手がほしいから、そうするとホテルで一夜」
 「それでレズ?」
 「ないね。いまのところそっちはない。それってバイよ美希。ビアンじゃないから」
 「そうなの?」
 「レズは男を受け付けない」
 「あ、そっか」
  この洋子なら受け入れる。と言うより、迫れば堕とせると感じた美希。
  そしてMへの変化は劇的に・・奈落の底へ堕としてやると美希は思う。



 「・・ということなんですね」
 「うむ、それは面白い。とやかく言わんから好きにすればいい」
 「ただし徹底的に? ふふふ」
 「それもおまえの考えひとつ」
 「はい、ご主人様」
  奈良原書房の、なんとも妙な喫茶室のカウンター。電話中。
  美希が覗いたちょうどそのとき、マスターは電話を終えて携帯をカウンターに置くところ。
 「ども」
 「うんうん、いらっしゃい」
 「今日はコーヒーがいいかな」
 「はいよ」
  そのとき美希は、ほとんどはじめて本を持たずに椅子に座った。例によって客はなく、カウンター越しに向かい合う。
 「あれから真木さんは?」
 「いいや」
  そしてふと焼き物が置かれた棚を見ると、あのとき補充されたはずの陶器がかなり減ってしまっている。
 「売れるんだね?」
 「だね。近頃では覚えられたのか、ちょくちょく見に来るお客さんが増えてきた。真木ちゃんの作品は轆轤を使わない手びねりが多いから、一つとして似たようなものがないだろう。最初は生け花の本を探しに来た人が花器を見つけて買っていったのがはじまりでね」
 「やっぱり花器?」
 「そうそう。でその人、生け花の師範でね、生徒さんも噂を聞いてやってくるようになったというわけ。口コミでひろがって、皿なんかも売れるようになってきた。だから真木ちゃんも造ることにいっぱいいっぱいで、ここにもそう来なくなった」



  美希はちょっと笑ってうなずいて、喫茶コーナーのすぐ横にあるアダルトブックの棚を横目に見た。コーヒーのできる間、美希は立ち、そのへんの棚に歩み寄って見渡した。
 「ねえマスター」
 「お?」
 「売れるの、このへん?」
 「売れるね」
 「女の人も買っていく? それはないでしょ?」
 「ある。と言うか、いっぱいいるよ。そのへんの奥さん連中だとか。若い子だとアニメッチが多いけど?」
 「は? アニメッチって?」
 「アニメのエッチ」
 「け。何でも略すな、わかんねーじゃん。あははは」
  笑ってごまかす。SMの写真集なんて表紙を見るだけでどきどきする。
  部屋にいてネットで見る限りはそうでもない。他人の目がある中でそういうものに興味を示すことが恥ずかしい。
  美希はアダルトアニメの本を手に取って椅子へと戻った。マスターはチラとそれに目をやったが、もちろんとやかく言ったりしない。
  つまりは漫画の本であり、レズ、BLとさまざまタイトルのある中で『妻という犬』というタイトルが気になった。人妻が性奴隷に堕とされていく、なんともありきたりの筋書きなのだが、パラパラとめくるだけでも胸が苦しい。



  覚悟なさいね洋子。


  息を殺してページのシーンを追いながら美希は内心わくわくしていた。
  明日が仕事で、その足で智江利の家へ向かう手筈。明後日は仕事は休み。一夜で奴隷にしてやると、そんな計画を練っていた。これまでの口惜しさを晴らしてやる。よくも馬鹿にしてくれたわね。
  しかしそれは、智江利との夜を知るまでの単純な敵意でもなさそうだと、
このとき美希は漫画の妻が鞭打たれるシーンを見ていてそう感じた。
  仕事先から洋子の住まいは遠くなく、洋子は実家。子供を委ねて出られる立場。クルマは洋子が運転する。可愛い赤のコンパクトカー。智江利の赤いポロと並んだときに、女友だちが遊びに来ているとしか思えないだろうと考えた。



  マゾへの旅立ちは劇的に・・ふふふ覚悟なさいね。


  クルマに乗って、行き先はボカしてあった。洋子は智江利と美希が知り合いだとは思っていないし、奈良原書房のことも知らない。
  何も知らずに連れ出され、帰るときには性奴隷。劇的だし、決定的に支配できると考えたのだ。陶芸家の友人がいるから行ってみないか。それだけの誘いだった。
  美希は仕事のスタイルのままだったが、洋子は一度家に戻っていたからミニスカートに穿き替えている。それも、そうなるだろうと思ったこと。洋子はスカートが好きでプライベートで滅多にパンツを穿かない人。計算ずくの旅立ちだった。
  智江利の赤いポロの隣りに、やっぱり赤い洋子のクルマ。女はどうして赤なんだろうと可笑しくなる。
  そして今日、田の字造りの家の中で、あのときは締め切られていた襖の一方が襖ごと外されて解放されてあり、そこがアトリエ。畳を剥がした板床に轆轤が置かれ、そのほか陶芸の道具がそこらじゅうに置いてある。

 
 「真木さん、こちら友だちの高島さん」
 「真木です、よろしくね」



  ふふふ、なんとまあ平和な初対面。それからもしばらくは女三人でお茶にしておき、あえて陶芸の話に持ち込んで洋子を立たせ、そのとき智江利が豹変して柱に追い詰め、柱に後ろ手を回させて、背後で待ち構える美希が手錠をしてしまう。古い家の田の字造りは襖を外せば柱だけが残るもので、泣き柱となるからだ。
 「何するの! ねえ美希!」
 「おしまいよ洋子。彼女が智江利さん。私たちってそういう関係なんだよ」
  背中に柱を抱かされて身動きできない洋子。
  智江利と美希が入れ替わり、後ろから智江利がピンクのTシャツの胸を両手にくるんで揉み上げて、前から美希がにやりと笑って詰め寄った。
 「奴隷になるの、それしかないの」
 「何言ってんの! あんたたち、おっかしいんじゃない!」
  美希の面色から笑顔が消えて、美希はいきなり洋子のスカートの前をめくって、無造作に手を入れた。パンストさえ穿いていない素足のミニ。



  そのとき智江利が柱越しに回した両手でTシャツをたくし上げ、青い花柄のブラを跳ね上げて、こぼれるというほどないBサイズの乳房を揉みしだきながら、すでに乳輪をすぼめて尖る両方の乳首をコネまわす。
  美希と智江利は似たような体つき。しかし洋子は背丈がちょっと二人よりは低い。あの頃細かった体も子供ができたことで幾分ふっくらしたかと美希は感じた。
 「あ、嫌ぁ、ねえ嫌よ」
 「ほんとにそう? 洋子あのとき言ったよね、相手は女だってかまわないって」
  スカートをめくった前から手を差し入れて、パンティの上から熱い股間をまさぐる美希。洋子の目が恐怖に吊り上がり、頬が青くなっている。
 「じゃあこうしましょう。こうされて濡れなければおしまいってことにしてあげる。ふふふ、さてどうなることやら」
  後ろからの愛撫と前からの蹂躙。パンティのデルタ上から手を入れられて、洋子は腿を閉ざして拒んでいたが、息はすぐに乱れだし、青かった頬にも赤みが差して、目が据わりだしている。
 「ほうら洋子、気持ちいいね、くちゅくちゅよ」
 「はぁぁ嫌ぁぁ、あん、あっ!」
 「嫌なのにどうして濡れるの? ほうら濡れる、もっと濡れる」
  このとき智江利は、あのときの種明かしをしていない。コーヒーにも仕掛けはなかったし、美希の指に媚薬を濡らせたりもしていない。



  それなのに洋子のカラダは震えだし、息が甘くなってくる。
 「はぁぁ、ンっふ、ぁぁ、ぅぅン」
  美希は微笑む。
 「堕ちたわね洋子。素直になって奴隷になるの。あたしはS、智江利もS。夢だったでしょう、こうされるの。ふふふ」
  スカートの腰に手をやってホックを外しファスナーを降ろしてやる。ミニスカートがすとんと落ちて、ブラ同様の青い花柄のトライアングル。
  パンティの両側に手を入れて一気に下げる。襲われる性の波に波打って揺れる白い腹に妊娠線。それだけで美希は腹立たしい思いがした。
  鼻孔をひくつかせて目を閉じる洋子の頬に頬を寄せ、そうしながら毛群の奥底をまさぐって、美希はそっと言うのだった。
 「よく濡れるいい女よ洋子。可愛がってあげようと計画したこと。あたしたちの気持ちを受け取ってくれるわね?」
 「嫌よ嫌、もうやめて」
 「あらそう、やさしくしてあげようと思ったのに、それだと拷問になっちゃうわよ。足を開きな! なんなら鞭で開かせてやってもいいんだよ!」
  豹変する美希。



  洋子は唇を噛んで見つめたが、乳房と乳首、そして性器への刺激が激しくなると、ついにこくりとうなずいた。
  そろそろと足が開かれ、今度こそはっきりと腰がくねるように回りだす。
 「ほらもっと!」
 「ンふ、ぅぅ、はい」
 「あたしは美希女王、それに智江利女王様! わかったね!」
 「はい、美希女王様、智江利女王様」
  洋子の目に涙が溜まって、それなのに息がどんどん乱れだし、腰がクイクイ入ってくる。
 「いいの? どっち!」
  美希に迫られ、洋子は大きくうなずいた。
 「いいです、あぁ感じる、ありがとうございます女王様」
 「ふふふ、よろしい、それでいいのよ。気絶するまで可愛がってあげますからね」



  勝った! とうとう洋子を組み伏せた。


  智江利が笑って一歩離れ、美希は大きな断ち物バサミを手にすると、それを鼻先に見せつけて、柱越しの手錠では脱がせきれないブラとTシャツに刃を入れて無造作に断ち切った。
  そして一度は離れた智江利がディルドタイプのバイブを手にして戻って来る。美希と交代。前に立った智江利。
 「ほらごらん、いやらしい形でしょ。これでズボズボ。欲しかったら足を開いてアソコを突き出すの」
 「あぁ嫌ぁ、狂います、お願いだから」
 「鞭よね智江利」
  そんな美希の声が背越しに聞こえ、洋子はがに股に足を開いて毛群のデルタを差し出した。



  ブーン・・ビィィーン


 「はっ、あはっ」
 「まだ何もしてないよ。ほうら欲しい、欲しくて欲しくてヌラヌラにしちゃってる」
  いきなり激震する太い先端を充血するクリトリスに押しつけてられて、洋子は絹を引き裂く悲鳴を上げた。
  ストロボの閃光が、もがき乱れる素っ裸の女を照らしたのはそのときだった。


ハードエロス きりもみ(三話)


三話 智江利の罠

  遠くにあった性の園がいきなり身近に感じられるものとなる。智江利のそうした言葉は彼女のブログで読んでいた美希ではあったが、狭いクルマの助手席にいてそれを言われると、いきなり生々しいものとして感じられ、洋子への憎悪が燃え立って、その火の粉が智江利にまで燃え移ってしまったように智江利のことまで斜め視線で見たくなる。
  性を愉しめないのはつまらない女。カタイのよ。気取ってないで裸になったらどうなのさ。そう言われている気がしてならない。
  一人の男性を想うだけではいけないの? 貞淑なんて古くさい?
  だからあの頃、洋子にムカつき、接するたびに堆積していく負の感情が憎しみへと置き換わっていったのだった。妻は離婚で女に戻れ、女に戻れば選ぶ下着も変化する。女というひとくくりでそう思われるのが我慢ならない。

 
 私は違うと私は叫び、なのに行き場のない感情に悩まされる。智江利の書くものに共感できる。こんなふうになれたらどれほどいいかと思う自分が確かにいる。アクセルまでいかなくてもブレーキを放してしまいたい。得体の知れない性欲が溶けた鉄のようにいまにも流れ出してしまいそう。
  そんなことになればあふれ出す愛液をとめられない。だから怖い。

 
 智江利はブログに性感情を書いている。ほかにもっと露骨なところもあるのだったが、美希はその五行に共感した。
 
 脱げ。はい。
 這え。はい。
 動くな。はい。
 私にとってのSMは私から迷いを一切奪ってくれる。
 からだを縛られ、心を解かれる。



  突き刺さる言葉。きっぱりとしたアソコの疼きに寒気がしたのを覚えている。
 
 「さあ着いた、ほら、あそこ」
 「へええ」と思わず目を細め、こういうところで暮らせるなら女は変われるかもしれないと考えて、「夢みたいね」と美希は言った。
  横須賀は起伏に富んだ地形。智江利の家は古くからあるにしては小さくて、それもそのはず、背後の二方がかなりな急傾斜で家がなく自然のままの林。前側の二方にグリーンベルトのように自然林がそのまま残るロケーション。入り込んでしまえば、さながら樹海に迷い込んだよう。
  家そのものは黒い瓦と板壁の昔ながらのものだったが、家の前には少しの空き地があって、赤煉瓦を積んだ陶器を焼く窯が造られてあり、そのへんだけに現代の匂いがする。
 「すごいところでしょ。だからなのよ、裸で外に出られるわけ」
  なるほど。裸で出ると聞いて町中でよくもと思ったのだったが、こういう景色の中でならおかしな行為とも思えない。グリーンベルトのような樹林はつまり生け垣で、その外にはもちろん家が並んでいても、隔絶された世界には違いない。



  赤煉瓦で造られた焼き窯に歩み寄ると智江利が言った。
 「気をつけて、熱いよまだ」
 「あ、うん」
  近づくと煉瓦の肌から熱気がもわもわ漂いだす。
 「焼いたんだ?」
 「そよ。冷えるまではそのまま」
 「何を作ったの?」
 「いろいろ。お皿とか生け花の花器とか」
 「花器ね、なるほど。そういうものって売れるでしょ?」
 「まあそうだけど売れたって実入りは少ない。粘土もだし炭もだし釉薬(ゆうやく・うわぐすり)なんかも結構するから。無名だもん、あたし」
 「マスターのとこみたいに、どっかに置いてもらって?」
 「展示はマスターのところだけ。あとはネット」
 「そっかネットね」
 「オークションにも出したりするし、好きな人は見てるから。さあ入って。嬉しいな、ここに人を呼ぶなんてどれくらいぶりかしら」



  ガラスの入った格子戸をくぐって一歩入り、美希は目を丸くした。こんな家って、それこそどれぐらいぶりだろう。嬉しい気分にさせる家。
  いまどき、入るとそこは土間。土間の右手に古い台所。なのにそこには冷蔵庫。電子レンジも置いてありガステーブルももちろんある、妙な取り合わせ。台所の奥には一見して現役らしい手押しポンプ。石板で造られた深い流しも健在だ。
 「この家ってどれぐらい経つ?」
 「ほぼ九十年らしいよ。ヒイ爺さんのカミさんが孕んで建てたんだって。そのとき産まれたのがジイさんなんだけど、そのジイさんが三十のときに母さんが産まれ、その母さんが三十であたしを産んで、あたしはいま三十二。
あ、九十二年?」
  小首を傾げて言うとぼけた言い回しに引き込まれてしまう。細かな年数なんて訊いてない。三十路でそれなら娘のころはさぞ可愛い子だったんだろうと想像した。美人タイプではない可愛い智江利。光の加減で赤くなる不思議な色に染めた肩までのボブヘヤーもおかっぱ頭のようであり、なおのこと可愛さを引き立てる。



 「轆轤(ろくろ)なんかは?」と美希が訊くと、智江利は「奥よ」と顎でしゃくった。
 「そうじゃないと冬が寒くて。一部屋潰して工房にしてあるの。ウチって田の字造りだからさ」
 「たのじづくり?」
 「あら知らない? 田んぼの田の字にお部屋をレイアウトした造りのこと」
 「ああ、わかるそれ。それでそう言うんだ?」
 「昔の家はみんなそうだよ、四角い家を四つに割って十字に仕切る。大きな部屋を造っておいて襖で仕切っておくでしょう。親戚なんかが集まると襖を外すと大きな部屋に様変わりってわけ」
 「うん知ってる、田舎のお婆ちゃん家もそうだから」
  それを田の字造りと言うことを知らなかっただけ。それにしてもこういう家を見るのは懐かしい。
 「美希って田舎は?」
 「母さんは秋田、父さんは東京なんだけどね」



 「いまコーヒーでも淹れるから、そこらに座ってて」
 「うん、ありがと」
  玄関を入ってすぐの板の間には部屋の真ん中に囲炉裏が切られ、夏のいまは板を渡して塞いである。昭和どころか江戸時代に戻った気分。なのに液晶テレビが置いてある。このとき美希は探検気分できょろきょろ部屋を見渡していた。
  そしてすぐ、先ほどの会話を思い出す。家の中を歩き回る裸の智江利を想像した。家に入って自然の緑が断たれると、とたんに生々しい女の暮らしが浮き立ってくる。
  家に入って二方の窓を開け放ち、そよそよといい風が入ってくる。
 「涼しいね、ここ」
  見上げると壁の上に白いエアコン。囲炉裏とエアコンのミスマッチ。しかしエアコンは動いていない。
 「森の力だよ。真夏でも町中と数度は違う。夜なんてエアコンいらないぐらいだし」
  しかも板の間。座布団は敷いていても板に触れるとひんやりして心地いい。マンションの暮らしはどこか人に遠い気がしていた。



  コーヒーが運ばれて囲炉裏を塞ぐ板をテーブル代わりに角を挟んで智江利が座る。そしてそのとき、いくら女同士であっても、腿の根まで上がったミニスカートの奥の黄色いデルタ。レモンイエローのパンティを見せつけられたようで美希はちょっとドキドキしていた。いきなり性の話になりそうだった。
 「見えてるよ」
 「いいじゃん見えても。あたしはね、あたしを想ってくれるんだったら自分を隠しておきたくないの。ポーズなんてしたくない」
  美希はちょっとうなずいてコーヒーカップに手をのばし、言った。
 「私ね」
 「うん?」
 「あのブログで響いたのは、『からだを縛られ、心を解かれる』・・ってところなの」
 「うんうん、わかるんだ?」
 「そんな気がする。そんなことになったら怖いと思う反面、きっとラクなんだろうなって思うのよ」
  智江利は穏やかに笑いながら眉を上げて美希を見つめた。



 「それをあたしは自虐からはじめたの。私が命じて私が奴隷、そんな感じで」
 「素直になれた? うーん何て言うのか、自分自身の命令に?」
 「なれた。あたし決めたのよ、NOは禁句。あたしを想ってくれるんだったら誰に対してだってYESでいようと決めたんだ」
  美希はちょっと意地悪を言ってみる。女はそれほど淫らになれるものだろうか。口だけなんじゃないかしら。かすかな疑心の裏返し。
 「相手が誰でもって、じゃあ私が言っても?」
 「うん、そよ」
 「あらそ。じゃあ脱いで、全部」
  智江利は薄い唇をちょっと噛んではにかむように微笑んで、サッと立って一歩離れた。
  ミニスカに手をかける。前のボタンをはずしファスナーを一気に下げてすとんと足下へ落としてしまう。腰から下の白い脚線、レモンイエローの小さな布の前のところに黒く透ける性の飾り毛。
  美希は呆気にとられ、すぐに立って寄り添って智江利の手を止めた。



 「ごめん。ごめんね」
 「ううん、何でごめん? 嬉しいのにあたし」
  そして智江利は、風が草を分けるように手を開くと、すぽんと美希の胸に寄り添ってくる。
 「抱いて美希、嬉しいの」
  まさかと感じ、クリクリする目を覗くと、涙が溜まって揺れている。
  これが智江利が仕掛けた第二の罠。淫らさへのかすかな蔑みを込めてふざけて言ったつもりでも、それを真に受けられて泣かれては負い目が生まれる。美希という人はまっすぐで母性の強い人。智江利はそのへん見抜いた。
  そして案の定。

 
 マズイ。可哀想なことをしてしまった。この人はピュアよ。突き放していいものかと美希は戸惑う。
 「ねえ智江利、ねえってば」
  嘘でしょう? レズ?
 「抱いて美希」
  智江利は泣いているようだったが、その眸色がどんどん据わり、吐息が熱くなってくる。
  しまったと思った美希だったが、そのときまた洋子の声が聞こえてきた。『だからあんたはダメなんだよ! 逃げてばかりで情けない!」



  うるさい黙れ。誰がおまえなんかに負けるもんか。闘争心にも似た感情が燃え立ったのもそのときだった。
  私を変えるなら、いま。美希にとっては振り絞った勇気。
 「抱いて」と言って目を閉じた智江利の頬に涙が伝い、突き放すことができなくなる。美希はそっと触れるキスをする。そしたらそのとたん智江利はパッと笑顔になって、唇をふわりと開いて美希の舌をほしがった。
  口づけが深くなっていき、美希もまた、はじめて感じる妖気のような震えにつつまれ、智江利の細い腰を抱く手が黄色い下着の尻へと降りてそろそろ撫でる。
 「ンふ・・美希ぃ、嬉しい」
  私は男よ、女役になったりしたらたいへんなことになる。
  一線を超えた感情が、美希の手を前に回し、下着の中へと導いていく。智江利は震え、腿を弛めて受け入れた。
 「はぅ! あ! あぁぁ!」

 
  何よこれ。壊れたみたいに濡らしてる。


 「こうされて嬉しい?」
 「嬉しい、泣いちゃう、あぁぁン感じるぅ」
  羨望が衝き上げた。こうして溶けていけるものなのか。相手は同じ女なの。それでもこれほど濡らせるなんて。
  しがみついて震えながらも智江利の手がスカート越しに美希の尻を撫で回し、後ろがめくられて、パンティ。腰の肌から一気に尻へと滑り込む。
  美希は目を閉じた。来る。拒めない。
  尻の谷の底へと沈む細い指。美希は一度尻を締めて閉ざしたが、智江利が愛らしく想えてならなくて、すっと力を抜いて尻を弛めた。
  後ろから忍び込む指。アナルに触れられ全身がピクと強張って、それでも沈む指先が静かに閉じたラビアに触れた。

 
  これが第三の罠。智江利の指先に強烈な媚薬のクリームが塗り込められてあったのだった。
  美希の指先が吸い込まれるように智江利の中へと入っていく。熱いし狭い智江利の奥底。おびただしい愛液が指にからまり、ますます深く、抜いてこすって、また深く。
  智江利の指が閉じたラビアをくねくね揉んで、美希もまた潤いだし、智江利の指がリップを割り開く。



 「くぅ、ああ感じる」
 「うん、あたしも、ああ感じる、もっとよ美希、もっとシテ」



  おかしいわ、どうしたの? 目眩のような波が来る。芯が抜けてしまった体がいまにも崩れる。
  智江利の手は性花を嬲り、もう一方の手が背中に潜ってブラを外す。ふっと解かれる締め付け。そして智江利の手はTシャツをたくし上げながら前と回り、Cサイズの乳房をわしづかむようにして揉みながら指先で乳首をとらえて回して揉む。乳首が尖り、体に震えがやってくる。
 「ン、智江利、あぅ!」
  感じる。意識が朦朧とするぐらい。
  違う。それが智江利が仕掛けた第一の罠。コーヒー。ハシリドコロを煎じた汁をごくわずか溶かしてあった。
  ハシリドコロはここらに自生する毒草で、その成分はスコポラミン。目眩と幻覚を生むものだ。



  美希はもはや自制がきかない。それならと智江利への膣突き指を速めると智江利はがたがた震えだし、しがみついて抱き合って、そのまま二人は板床に崩れていった。
  脱がせ合う。美希はスカート、智江利はパンティ。美希のブラは外されていて、智江利の黄色いブラもはずしてやる。Bサイズの白いふくらみ。二人はキスと足先がほぼ揃う。美希164センチ、いくぶん豊か。智江利162センチ、スリム。燃える裸身に冷たい床が心地いい。二人揃って横寝となって抱き合って、智江利は身をずらして6と9に変化して、互いに脚を開き合い、愛液にまみれた互いの性器にむしゃぶりついた。

 
 すごくいい。これほど感じたことってあったかしら。
  美希は解放されていく喜びよりも、これで今度こそ洋子に並べたと確信した。いいや洋子の上に立てたと思う。洋子にいま彼がいるのかいないのか。しかし洋子は子持ちの母親。私の翼のほうが羽ばたく力に満ちていると思えてくる。
  叫ぶように声を上げる淫らな私。目眩のような性の波がとめどなく愛液を垂れ流し、目に映る景色が歪んでぐるぐる回っている。
  イク・・ああイク・・。
 「智江利ダメ狂っちゃう、あ、あ・・」
  景色が回り、気が遠のき、身をくねらせ腰を暴れさせてもがいている。自覚しながらどうにもならない。
  私はどうしてしまったのか。意識が濁って消えていく美希だった。

ハードエロス きりもみ(二話)

二話 マニアック



 美希は奈良原書房から五分ほどの距離に住んでいた。駅からなら七分かかる。賃貸のワンルームで独り暮らしにはちょうどいいスペースだったがピアノを置くことを考えると少し狭い。アップライトタイプよりも奥行きのない電子ピアノ。住む部屋に生徒を入れるつもりもなく、あくまで自分の練習のため。部屋そのものも音を通してしまうから大きな音の出ないものでないと苦情が出る。
  一度部屋に戻った美希は、着替えにクローゼットの前に立ち、吊された服を見ながらどうしようと考えた。智江利と二人きりとなると、性的な文章を書く人だけに怖くなる。いいや智江利のことだけじゃなく、これまでもこういうことがあると決まってつまらないスタイルを選んでいた。男のいない飲み会であっても飲み屋なんて女漁りの得意な輩の集まるところ。そんな気がして無意識にガードしてしまうのだった。

 
 ちょっと考え、思い切りミニを穿く。Tシャツに夏のジャケット。まだまだ暑い日が続き、それで充分だと考えた。それから髪をなおして化粧をチェックしようとし、思い立って下着の替えをコンビニのレジ袋に突っ込んでショルダーバッグの底にねじ込んでおく。
  なぜそこまでするのか、なんとなくという予感のレベルだったのだが、今夜は泊まりになるかもと考えた。横須賀はそう遠くはないけれど、これからだと帰りを考えると向こうに長くはいられない。若い女の陶芸家がどんな暮らしをしてるのか。そしてそれより性的にマニアックなものを書ける女の生き様を見てみたい。智江利となら友だちになれそうだと思うのと、離婚から、ほんの少しの寂しさがつきまとう自分を感じていた。
  そして結局、デートのようなスタイルができあがる。それなりミニにヒールの低いサンダル。近頃ちょっと伸びすぎたサラサラヘヤー。まあこんなもんでしょと思い、出際になってクルマに乗るんだと気づく。シートは沈みスカートが上がってしまう。

 
 ううむ、ま、いっか。女同士だ。


  美希は自分でも驚くほど性的な話をしたがっている自分に気づく。智江利の文章が頭の中でグルグルしている。そういう話のできる友だちが周りにいない。酒なんてまっぴらだから話すチャンスもないわけで。
  正体不明の淡い期待を胸に本屋へ戻り、さて出ようとしたときに、智江利のスカートのほうがさらに短く、しかも智江利は素足。引き替えて、解放したつもりでも私はパンストを穿いてしまったと美希は思う。学生の頃のコンパで洋子と並んで歩いたとき、かなりなボディコンシャスを素足で着こなす女を見ていて、とても勝てないと思ってしまった。口惜しい気がしてならなかった。そんな記憶が蘇ってくる。あの頃の私には決まった彼がいてくれて同棲していた。派手にすることないでしょうと言い聞かせていたのだったが、いざ男たちに囲まれて視線が向こうへ行ってしまうと寂しくなる。



  クルマに乗る。智江利のクルマは赤いポロ。少し前のモデルでリアのバンパーにちょっとコスった傷がある。ポロはシートが固めにつくられ思うほど沈まない。しかしそれでもスカートが膝上二十センチ。運転席の智江利はもっと短く、いまにも下着が見えそうだった。白く綺麗な脚線。その点では私の方が若いんだし負けてはいないと考えた。いいや考えたい。私はどうして弱気なのかと嫌になる。会う度ちょっとの温度差がバウムクーヘンみたいな層をつくっていくんだよ。洋子との間に地層のような隔たりができていく。女を生きる時代が違うみたいなギャップ。エッチに対して引っ込み思案な私って性的化石? と思ったものだと、やっぱり洋子の姿が目に浮かぶ。


 「マニアックじゃない? あたしの書くものって?」
 「マスターなんか言ってた?」
 「あたしのブログ教えたよって。だから訊いた」
 「うん、それはそうかも。でも好きよ、素直に書いてるって感じられる」
 「そう?」



  いきなり胸が苦しくなった。智江利の家までのルートを覚えておこうと思って乗ったはずなのに、市街地の景色が白くなってとんでしまった。
 「自虐からはじまった。陶芸もそうなんだけど文章書いたって才能ないし、
ダメな女って自分で思うと腹が立って虐めてみたくなるんだもん」
 「わかるよそれ。私も似たようなものかな。ピアノは弾けるし教えることで生きてるけど、だから何って感じなんだし」
 「離婚したんですってね?」
 「した。やっぱりそれよ、決定的なのは。自分を責めたもん。おまえがダメだから終わっちゃったのよって。器というのか、小さかったかなって思うしさ」
 「そうなんだ?」
 「強い人でね。キレる人って言えばいいのか、論理的で合理的で、こうこうこうだから、こうでいいじゃん、みたいな即決即断」
 「うわぁ、あたしダメだわ、そういう男。能力あるのはいいけどさ、ちょっとぐらい弱くないとあたしの居場所がなくなっちゃう」
 「まさにそこ。居場所がないなって思ったとき彼が遠くに感じてしまった」

 
 市街地を抜けて横浜横須賀道路。横須賀より逗子で降りたほうが近いという。
 「美希って呼んでいい?」
 「もちろん」
 「うん。あのね美希」
  美希はその声をたどるように目を向けて、そのとき前を見て運転する智江利の綺麗な腿が気になった。割り開かれて犯される姿を想像する。
 「変態なのよ、あたしって。きっとそうだわ。家族を一度に亡くして目の前が白くなった」
 「そうなんですってね、交通事故だったとか」
 「カーブでガシャンよ。相手はダンプ、正面衝突でほとんど即死だったって。それで実家がもぬけの殻になっちゃって、お金なんてもらっても、いきなり独りじゃ無理ってもので」
 「うん」
 「で、なんとかしなくちゃって思っても、そのときあたしはホームセンターに勤めてて」
 「ホームセンター?」
 「そよ。最初はフリーターだったんですけど、忙しくなってきて猫の手も借りたかったみたい。社員にならないか。ま、いっかみたいな感じでやってきて。女なんて、そのうちどうせ捕まっちゃう。嫁ママ婆って行き先は決まってるって思ってた」
  美希は可笑しい。智江利には言葉のセンスがあると思う。



 「でね、あたしいま三十二」
 「私は三十」
 「あっそ? 三十? 若っ」
 「智江利さんだって若いよ」
 「さんはいらない。智江利さんて言われると『はぁい』って応えたくなる。智江利って呼ばれると『はい』って素直に言えるから」
 「うん、じゃあ智江利」
 「はい女王様、ってさ、そんな関係にも憧れたのよ。親が消えて独りになって、あたしって誰のために生きてるのって思ってしまった。あたしのためだけに生きてるのって。誰かのために生きてみたいって」
 「うん」

 
「で何だっけ?」
 「は?」

 
「あ、そっか。でね」
 「うん。ふふふ可笑しい」
 「可笑しいかな?」
 「いいわよ。で何だっけから」
 「あ、そうそう。で三十路もひたひた忍び寄り、そろそろかなって思うようになったとき、いきなり独りになってしまった。結婚とか、もうどうでもいいやって思ったのよ。娘ってやっぱ親にドレス姿を見せたいじゃない」
 「うん、わかる。それはそれはそうかも」
 「そのへんからなのよ、おかしくなったのは。変態的だったのはずっと前からなんだけど、どんどん自虐的になっていった。そういう文章を書き出したのもその頃からで、隠してきたものを曝け出したい、ほんとのあたしはこうなんだって吐き出さないと苦しくなってく」
 「妄想もふくらむし?」
 「それもある。家の中をスッパで歩くなんてできなかったんだけど、それにしたって親がいなけりゃどうってことない。夜中にスッパで外に出たり、外でエッチなことをしてみたり。そうするとね、もう一人のあたしが言うのよ、ほうら気持ちいい、もっと苦しめ馬鹿女って」

 
 馬鹿女・・それは智江利のブログにしょっちゅう出てくる常套句。私はもう一人の馬鹿女を責めてやりたい。智江利のブログはそうしてSとMを行き来する内容が多かった。けれどそれが私に近いと美希は感じ、だからのめり込んでいけたのだ。誰にでもある素直な感情を素直に書いている。
 「ブログにあったことって、マジなん?」
 「マジ。行けばわかるけど、ウチってヒイ爺さんのときからで、ほんと山の中なのね。夜なんて猫さえいない。裸で出ていろいろしたし、そうすると壊れたみたいに濡れちゃうの。許して智江利、まだまだよ馬鹿女って、二人のあたしがせめぎ合ってる」
 「それで感じる?」
 「感じる。もうめちゃめちゃ。エッチなオモチャで虐めてやると気が遠くなっていく。智江利のために馬鹿女は生きてるって思えるの」
 「病的だって思わない?」
 「と言うか、人ってそんなもんだと思うのよ。無秩序に生きていたい本音があって、それを社会に合うようつくっていくのが教育。皆が同じ顔してりゃ安心できる。だからみんながつまらなく、そこに気づいた人だけが幸せになってくの」
 「私も気づいてないみたい。幸せじゃなかったし」

 
「嘘よそれ」
「え?」
「見て見ぬフリ。みんなそう」



  美希の脳裏にまたしても洋子の偶像が浮き立った。それは憎悪。密かな思いであっても、くっきりとした憎悪。お尻の目立つタイトを平気で穿いて、夏にはTバックのラインが透ける。何よ馬鹿者、エロ女。よくそんなカッコができるもんだわ。お尻を振って胸の谷間も平気で見せて、私をヘンな気にさせる。ムカつく。見せつけるように、いい女になりたがる。どうせ私はつまらない女です! 思考順路は決まってそうだし、だから洋子が大っ嫌い。美希は哀しくなっていた。


 「ねえ智江利、訊いていい?」
 「いいよ、何だろね?」
 「オモチャってどんな?」
  それはブログに書いてあることで、ごまかしてもダメ。ほんとのことを言ってくれるか試したい。そう思って美希は訊いた。
 「ディルド、突っ込むバイブ、電マ、浣腸、洗濯ばさみもあるし、小さなローターとか」
  確かにそう書いてあったと美希は思う。
 「それをマジで使ってみたんだ?」
 「使ってみたじゃなくて使ってる。ほとんど毎日。ほとんど毎日イキ狂ってもがいてる。鞭なんて、そこらの枝を折ればそうなんだし、だけどそれは自分じゃできない。やってみたけど痛くてさ」
  あたりまえだよ馬鹿女。そのとき美希はそう思い、同時にちょっとほっとする。そういうことを素直に言い合える友だちになれそうだ。



 「なんだか素直でいられそう、智江利といると。じつを言うとね」
 「うん?」
 「あのブログ、隅っこまで読んでるよ。わぁぁ凄いって思いながら言葉の中に入っていくと、いつの間にかヘンな気に」
 「濡れる?」
 「うん」
 「オナニーとかは?」
 「した」
 「だったら嬉しい、涙が出るほど嬉しいかも。女同士って、じつはほとんどわかり合えない。わかり合えるのは浅いところ。ネットにはそれがない」
 「それがないって?」
 「自分を閉じ込める鉄格子。リアルだと、どうしたって越えられない部分があるでしょ。自分をいい子にしておきたい。私は違う、そうじゃないって思っていたい」
  それは、あの頃、似たようなことを洋子にも言われていた。そんなに自分が可愛いの。過保護だと思わない。そんなんじゃ損するよ。 まともにそう言われてカッとしたのを覚えている。

 
 智江利は言った。
 「でもそれはしょうがない。もう一人の自分の方が誰だって強いから。だけどそこが問題なんだよ美希。もう一人の自分てどっちなんだよ。アクセルかブレーキか。それが問題なんじゃない」
  あなたは常にブレーキね。それもまた洋子に言われた言葉だった。
  つぶやくように美希は言った。
 「だったらどうすればいいっていうの。妄想ばかりがふくらんじゃって悶々とするだけじゃん」
 「そうよ妄想。でもね美希、妄想こそが脱皮の蠢き。チョウチョがどれだけ苦しんであの姿になると思う。女はほとんどサナギのまま腐ってく。私はダメだと自分を追い詰め、わかってくれないと他人を責めて、どんどんおかしくなっていく。失礼だけど離婚して、それでもサナギのままなのかしら。あたしはそれが嫌だった。だから仕事も辞めて独りになった」
 「だからって自虐なわけ?」
  このとき美希は、ムッとするより、素直な問いとしてそう言った。



 「そういうことってなかった? 虐めるみたいなオナニーとか、拷問みたいなアクメとか?」
 「それができたら幸せだろうなとは思ったよ」
 「うん、一歩前進?」
 「はい?」
 「否定するのがそこらの女よ。だけど嘘に決まってる。デートってことになると勝負パンツを選んでおいて、それって脱がせて犯してってことじゃない。ちょんちょんのミニスカ穿いてさ」
 「それは女心なんじゃないかしら。脱がされれば貪欲なのはわかってて、でもだから最初ぐらいはと考える」
 「うん、あたしだってそれはそう。 あ、」
 「何よ?」
 「ある人がこんなことを言っていた。男の人よ」
 「うん?」
 「女の花がなぜ股ぐらに下向きに閉じているのかわかるかって?」
 「うん?」
  美希は内心穏やかではない。明解な答えを突きつけられそうな気がしたからだ。
  智江利は、運転しながら横目を向けて言う。
 「誇るように上を向いて咲きたくて、ヌラヌラ濡れる牝の本性を見せつけたくて、なのにそれを許す相手を待たなければならないからだ。だから許されなくて苦しむんだと」
 「むずかしいよ、哲学みたい」
 「だったら自分で咲かせてしまえ。本性を許す者だけが近寄ってくるはずだって」

 
 そんな話になった頃、クルマは高速を降りて緑を縫う道を走っている。智江利の家へのルートなんて、美希はほとんど覚えていない。

ハードエロス きりもみ(一話)

夫と別れた第二の人生。
いいえ、そんなものはありません。
第一の人生なんてなかった気がする。
そんなときに出会った二人の女に
私は激しい憎悪を覚えていた。
私は私を解き放ち、負けない性に燃えていたい。




 一話 日々の些末


「美希さん、ちょっとみんなと行くけど、どう?」

「ごめんね、なんだか疲れちゃって寝てたい気分なの。あたしも風邪気味なのかも」
  日曜の夕方。明日の月曜が休みということで久びさの夜だったのだが、その日の美希は気乗りがしない。今日は滅多に休まないアイツが風邪らしくて休んでいる。今日と明日は独りになって気を抜きたい。そんな気分だったから。
 
 小沼美希は三十歳。学生時代から寄り添った夫と別れ、新しい風を探して横浜に越していた。勤め先の音楽スクールの生徒の中に宮原という女の子がいるのだが、宮原さんと呼ぶ声がするたびにどきりとする。
  宮原英明、それが同い年の別れた夫。旧姓に戻ってそろそろ一年が経とうとしても、その名を聞くと胸が苦しい。
  学生だった二十歳の頃から八年同棲。同棲が間違いでなかったことを確かめるように結婚したのだったが、一年としないうちに別居した。だったらどうして結婚したのか。後になって言えることでも、結婚したから見えてくるものもある。長すぎた春はいきなり秋を連れてきた。夫の英明は出来すぎた。ある意味で強すぎたとも言えただろうが母性の入り込む隙間がない。同棲から二年して英明が大学を卒業し、そのとき美希も音大を卒業。彼は一流会社のサラリーマン、彼女のほうは大手楽器メーカーが運営する音楽スクールに勤めだす。ピアノ講師。それが美希。


  けれどそれから数年がすぎていき、社の中で英明が注目されるようになっていくと、生来の出来すぎる才能が美希を寂しがらせることとなる。
  それでも同棲の正当性を確かめたくて結婚した。入籍を終えて夫婦という関係になれたまではよかったが、夫の言動の端々が冷たく感じられるようになっていき、結婚から一年で別居した。子供はなかった。
  それまで夫婦で暮らした練馬のマンションに夫を残し、妻は家を出たのだったが、そのときも妻にはもしかしてという想いがあって、夫の元からそう遠くない世田谷の賃貸に移り住む。そしてその頃から、結婚で一度は退いたピアノ講師の世界へバイト気分で戻っていた。
 
 別居から一年ほどがすぎていき、やはりダメだと決断した。東京から離れたい。港のそばに憧れもあったから横浜へと引っ越した。
  大手楽器メーカーの音楽スクールはもちろん全国展開だから、元いた職場に戻れるチャンスがあったのだ。横浜郊外の小さなスクール。美希が住む地元の駅から地下鉄で三つほど東京側へ戻ったところ。団地のある住宅地にも近く、生徒の少ない小さな教室が気に入って復職した。
  ところがそこに、美希にとって第一の人物とでも言うべき、あの女がいたのだった。
 
 それが高島洋子、同い年の三十歳。美希とは音大が違ったが、東京での学生ピアノコンクールで顔を合わせたライバルだった。洋子は、美希と同学年で同時に卒業。以来疎遠となっていたが、共通の友だち越しに、卒業から二年後に結婚したと聞いていた。洋子には、いま四つだったか五つだったか小さな子供がいるはずなのだが、彼女もまた二年ほど前に離婚したと聞いている。考えてみれば洋子は横浜が地元。親元に子供を委ねて働ける。
  美希はあの頃から、何事によらず即決してぐいぐい動く洋子の行動力が性に合わない。発展家であり性的にも奔放。きわどいマイクロミニを平気で穿く女。一人の男性に対して見定めて同棲していた美希には遠い世界にいた女。ピアノでは互角だと思うのに周囲の男たちは洋子にばかり群がった。
  音楽スクールは生徒たちが学校を休める土日は休めない。スクールの休日は月曜で、土日は交代で講師は休む。洋子は子供好きで、ピアノへの情熱もあったから滅多に仕事を休まない。今日はその洋子が風邪で休み。美希はさっさと切り上げて独りになって息を抜きたい。
 
 横浜のはずれに住む美希だった。世田谷から越したとき、第二の人生がはじまったと思ったものだが、待てよ、私に第一の人生なんてあったのかしらと思うようになっていた。洋子でさえがママ。結婚して子供を持つ。そこまでが第一の人生なんだと思えてならない。
  スクールを出て歩いて駅へ。地元の駅からまた歩く。地元の街に着いてみても夕暮れには早かった。夏をすぎた九月の末でも、この夏はとりわけ暑く、夏の陽射しが去ってくれない。
  駅を降り、駅前のロータリーを突っ切ってバス通りを渡ると、そこからがクランク状に曲がる路地となるのだが、その中ほどに気になる店があったのだった。
 
 奈良原書房という古本の店なのだが、それなりに広い店内の手前側半分に本が並び、奥側の半分に小さなカウンターが造られていて、『趣(おもむき)』と名づけられた喫茶のコーナーとなっている。もともとはインスタントコーヒーを置くぐらいで、つまりは客が本を手に取ってお茶でも飲みながらちょっと読むといったスペースだったらしいのだが、古本そのものよりも人気が出てきて、いまではちゃんとした喫茶室となっている。
  書店の店主というよりもそのちっぽけな喫茶室のマスターは、奈良原和基(かずもと)、四十歳。それがために食品衛生責任者の資格を取ったと笑っている。歳よりも見た目に若く、気取りのないひょうひょうとした感じが気に入って、美希はときどき立ち寄って休んでいく。珈琲が三百円ほどと高くもなく、軽くパンなども置いてある。もちろん古書を手にして読むこともできる。不思議な店だと思うのだったが、気楽というならそこらのカフェより静かでよかった。
 
 ただひとつ難があり、そのカウンターのすぐそばが、いわゆるアダルトブックのコーナーで、どきりとする本が並んでいる。美希はカウンターに座るとき、必ずと言っていいほど何かの本を先に探して席に着く。何となくだがソレを目当ての客と思われたくない気してならない。
  L字状に七席が並ぶちっぽけなカウンター。しかしまた、その左奥の棚に妙な陶器が並べてあって、客が持ち込む作品を展示して売っている。
  聞けば、その陶芸家の女性の友人がかつてこのそばに住んでいて、それがきっかけで知り合った人だとか。美希とすればいまはまだ会ったこともない女であったが、これが第二の人物とも言える存在になろうとは思ってもいなかった。
 
 そしてその日が、第二の人物、真木智江利との出会いとなった。智江利は三十二歳、横須賀に住む自称陶芸家であるそうで、真似事でエッセイなんかを書いていても、まったく売れていなかった。売る気もないと言うらしい。陶芸も趣味の延長。それでどうやってと思ったのだが、横須賀の実家にいた両親が二人一緒に交通事故で亡くなって、その賠償金と保険金が転がり込んだということだ。


  売れてなくても書いたものは読ませてもらった美希だった。カウンターにノートパソコンが置いてあり、マスターに言われるままにクリックすると作品を載せているブログに行き着く。
  そのタイトルがまた『女でいるより牝でいたい私だし』というもので、一行を見てドキドキしても内容はじつに深く女というものを語っている。美希は店で教えられたブログを自室に戻って検索し、じつは密かに読み込んでいた。
 
 智江利はマゾ性が強く、そういったことに憧れを抱いている。弱い自分を罰するような自虐願望も持っていて、そこはちょっとわかる気がした。もちろん画像なんてないテキストブログで、美希にとっては、そういう意味でも気楽に読めるものだった。
  この店に通っていればいつかきっと会えるだろうと思っていて、期待なんてしてなくても店を覗く度に、じつはドキドキしていたのだ。趣は喫茶店ではない。店の前に看板すらなく、まさに隠れ家のようなもの。この店に何度か通っていたものの客がいたためしがない。古書店は夜に入るとマスターは笑っている。アダルトものが売れるそうで置かないわけにはいかないと。


  その日の美希は、スイーツレシピの雑誌を手にカウンターに座った。
 「ミルクティちょうだい」
 「はいよ」
 「だけどさ、マスター」
 「お?」
 「やっぱりヘンだわ、古本屋さんの奥が喫茶室で、なぜか壺なんかも売られてる。いったい何屋よ」
 「ふむ言える。まあシュミだ、しょうがない」
  真木智江利という人が美術書を探しに来たのがはじまりらしい。陶芸家ということで、当時まだがらんとしていた無駄スペースに、それなら置いてみるかということになる。それがまた結構売れると言うのである。
 「売れるんだね、減ってるし?」
 「好きな人って多いんだよ。年配のお客さんなんてそうなんだが、そう高くもないし女流作家だと言うと面白がって買ってくのさ。不揃いな作風がいかにも手作りって感じだろ」
 
 と話しているところへ、本の並ぶ書棚の隙間をすり抜けるようにして女の客が入ってくる。
 「ども」
 「お、真木ちゃん、おひさ」
 「だよねー、しばらく粘土もみもみしてたから」
  この人が智江利さん・・美希は胸がキュンとした。二つ上の三十二歳だと聞いてはいたが、おそろしく若い。いいや童顔と言うべきなのだろうが、光の加減で赤く見える茶色に染めた肩までのボブヘヤーもよく似合い、夏そのままのプリントTシャツ、ジーンズ地のミニスカート。どちらかと言えば丸顔で目がクリクリ愛らしい。高校生をそのままオトナにした感じ。
  美希はとっさにあのフレーズを思い出す。ブログにあった言葉。
 『愛なんて陶器に似てる。気に入らないとパリンと壊してしまいそう』
  この人には結婚経験がない。どうせたいした女じゃないと思っていたのだったが、男好きする可愛いタイプ。なのになんで? とっさにそう考えたのだ。
 
 マスターが言う。
 「今日は?」
 「持ってきてる。クルマにあるから後で」
 「お、わかった」
 「わぁぁ、だいぶ売れたねー」
  チラと見ると、そう言えば作品を置いた棚に空きが目立った。
  そして智江利の後ろ姿。お尻の上がった綺麗なライン。ブログで読んだ妖しいシュミが脳裏をよぎり、妙な気分になってくる。
  智江利の作品は、展示しておき売れると二割が店の収入。安いものがほとんどだったが、それでもそれなりの売り上げにはなるらしい。
  智江利は、先客の美希にちょっと笑うと、L字カウンターの短辺にあたる奥側の席に腰掛けた。座るとスカートが上がってしまい、美希の席からだと白い腿の奥までが見えている。


 「真木ちゃん、こちら小沼さん。いまも話してたところでね。いったい何屋なんだよーってさ」
 「うんっ」
  智江利は今度こそ笑って頭を下げた。やさしい感じのいい人だと美希は思う。
 「美希です、よろしく」
 「あらミキさん? あたしマキ。よく似てる」
 「似てる?」
 「キが似てる」
  面白い発想だと美希は思う。真木というなら小沼とくらべてよさそうなものだろう。
 
「ブログのことも教えてあるから」・・とマスターが言い、とたんに美希はハラハラしてきた。智江利はちょっとはにかんで、キラキラ輝く眸を向けた。
  美希は言う。
 「じつはファンなんですよ」
 「えー、あたしのブログの?」
 「わかるなぁって感じがするから」
 「そう? だったら嬉しい。妄想は子供のときから。ここへ来たってマスターと二人きりってことが多いから、じつはドキドキなんだから」
  と、マスター。ちょっと意味深に笑って言う。
 「で、コーヒーでいいのかな?」
 「はい、ご主人様・・なんてね。あははは」
  まさかよね? でももしかして・・と考えて、このマスターならあり得ないと思えてしまって可笑しくなる。


  マスターがコーヒーを淹れる姿を見つめながら智江利は言う。
 「だけどマスター、一度だって智江利とは呼んでくれない。マキじゃ嫌なの智江利じゃないと。見つめられて智江利と呼ばれると、あたしどんどん弱くなる。予感だけでそんなことはないんだけどね」
 「そうなの?」
 「そうそう。 あ、美希さんだっけ?」
 「そう美希です」
 「美希さんて何屋さん?」
 「ピアノをね」
 「音楽教室とかで?」
  美希はうなずく。どことなく同じ匂いを持つ智江利。美希はうまくやっていけそうだと感じていた。
 「子供たちに教えてるんだ。あたし音大だったから」
 「あたしダメ。音符見てると精子みたい」
  それをくらべる発想がおもしろい。はじめて聞いた美希だった。
  智江利が言った。
 「今日がお休みだったんだ?」
 「ううん、休みは明日。生徒たちの学校がない日には休めない」
 「あーそうか、なるほどね。 あ、じゃあさ、これから来ない?」
 「どこへ?」
 「あたしん家。あたしって友だちいないから寂しくて。横須賀なんだし、あたしはクルマ。ぴゅっと走れば着いちゃうよ」
 
 美希は迷った。初対面の智江利だったがソリが合うのと、そんな智江利がどんな環境で生きているのかを知ってみたい。ブログで読んだ深い想いが智江利を他人だとは思わせない。
 「あたしが相手だと何でも話せるよ。 あ、そっか」
 「は?」
 「旦那とか彼とか、いろいろあるか?」
 「それはない、離婚したばっかりなの。私ももう三十路なんだし」
 「あ、うっそぉ? 若いねー」
  言葉の先にいちいち『あ』がつく喋り方。子供みたいでおもしろい。
  このとき美希は、智江利という女がひどく緊張していると感じていた。黙っていると潰されそう。だからいちいち『あ』をつけてごまかしているんだと思うのだった。
  そしてそう思うと、私がなぜ洋子のことを嫌うかが見えてくる。洋子を前にすると、いまの智江利のように、ともかくごまかして喋ろうとしてしまう。だから疲れるし、内心では怖がっているんだと思えてくる。
 「友だちがいないって言うなら私もそうだわ。独りになりたくて東京から越してきた。そろそろ半年になるかな」
 「あ、そうなんだ? じゃあさ、行こうよやっぱり、友だちになれそうだし。古い家にあたし独り。泊まっていいし」


  どうしよう・・そしてマスターに目をやると、ちょっと笑ってうなずいてる。
 『この子って寂しい子だから付き合ってやってくださいよ』・・そんなふうに言われた気がした。
  寂しいというのなら私だって寂しい。美希はそう思い、そしたらいきなり智江利がすごく近くに感じられた。
  学生だったあの頃、若かった洋子に言われた一言がトラウマのように残っていた。『つまらない女よね、そんなんじゃ損するよ』・・男の子たちとの飲み会に誘われたときのこと、当時のボディコンを平気で着られる洋子と違い美希はパンツスタイルだった。その頃すでに彼がいて派手なことはしたくない。内心男たちが怖かった。
  美希は言った。
 「うん行く。部屋すぐそこだからいっぺん帰って着替えてくる。ちょっと待ってて」
  私はどうしてしまったのか・・いつになく行動的だと美希は思いつつ店を出た。
 
「智江利」
 「はいご主人様」
 「彼女はおまえのブログを読み込んでる。じつはおまえに会いたくてときどき覗いてくれている。来るとかならずおまえの作品の話をする。残念なことに、あの子は閉じてる。そっと開いてあげなさい」
 「はいご主人様」
 
 そんな会話は、このときの美希には聞こえていない。